第41話 ソクシクロネコモドキ
僕になついてきた黒猫は『ソクシクロネコモドキ』というモンスターだった……。
僕は黒猫、いやモンスターを両手に持ったまましばらく固まった。モンスターも僕を見つめたままだ。
すぐに即死魔法を使って殺すことも考えたが、僕が呪文を唱えるなり爪を立ててくる可能性もある。さっき「殺さないから」と言ったそばから殺気を放ったら逆上してくるかもしれない。とりあえず殺す以外の対処をしたいところだ。
「だけど、なんで僕に着いてきたんだい。僕を殺す気かい?」
モンスターは黙ったまま爪をしまった。僕に対する殺意はなさそうだ。たしかに殺意があったら昨日の夜僕は死んでいたはずだ。
「じゃあなんで?」
「ニャーオ」
何が理由があるのだろうけど具体的にわからない。僕は少し考えたあと、
「僕のことは殺さないでくれる?」
「ニャーオ」
と言うので床におろしてやった。モンスターは僕の足元にちょこんと座った。こうやって見るとただのかわいい黒猫だ。僕はモンスターを撫でて、
「少しここで待ってて」
モンスターを置いて、部屋を出た。
特殊クラスのロビーに行った。ロビーには大きな文字でソクシクロネコモドキの警告を促すポスターが貼ってある。
「ソクシクロネコモドキは一見普通の黒猫ですが爪に猛毒があり大変危険です。爪で引っかかれたら即死します。それらしきものを見かけたら無闇に接触せず、モンスター情報室に報告を。またソクシクロネコモドキの捕獲情報が出るまでは黒猫にも無闇に近づかないこと。モンスターの捕獲、退治に動く場合はくれぐれも注意をして、間違って黒猫を殺生しないように気をつけること」
と書かれていた。
「モンスター情報室か……」
学校の中にある部屋の一つだ。普段ここの学校の生徒はモンスターを倒すなどしてレベルを上げているわけだが、その退治すべき対象のモンスターの情報を発信している所だ。モンスター情報室がモンスター退治依頼を学内の掲示板に貼り、生徒達が倒しに行く形になっている。このポスターもモンスター情報室が発行したものだ。
僕はモンスター情報室に行くことにした。モンスター情報室の存在は知っているものの訪ねたことはなかった。普段はモンスター退治をしても書類を職員室で提出するだけで終わりだからだ。
僕は移動しながら考えた。
「ソクシクロネコモドキ」かあ。まるで僕の猫バージョンだなあ。僕はソクシクロネコモドキに少し親近感を感じた。……もしかして、懐いてきたのも僕に対する親近感かも……?
モンスター情報室は、学校の二階にあった。
「失礼します」
入口をノックし部屋に入る。始めて入ったモンスター情報室は、大きな国内の地図が奥に貼っており、何か印がしてある。片側の壁には本が詰まった本棚があり、もう方側の壁にはいろいろなメモがはってあった。モンスター情報室というからモンスターの標本でもあるかと思っていたが、特にそういうものもなく整然としている。部屋の真ん中の机に眼鏡を掛けた若い男の先生が一人で仕事していた。その先生が僕に気づいて応対した。
「はいはい。君は、即死魔道士キルルくんだね」
「僕のこと、ご存知で……」
「特殊魔道士は目立つから知ってるよ。僕はモンスター情報収集担当の土魔道士、コールです。今日は何用かな?」
僕は黒猫かと思ったらソクシクロネコモドキを拾ってしまった話をした。
「おお……よく殺されずに済んだね。その子、今君の部屋にいるんだね。ちょっと君の部屋に伺ってもいいかい?」
「はい、あの、いきなり殺したりしませんよね?」
「いろいろ調べたいことがあるから、殺しはしないよ」
二人で僕の部屋に向かった。この先生に僕の部屋を見せたくなかった。手前の部屋にだけ入ってもらって剥製は見られないようにしなきゃと考えた。
部屋に入ると、モンスターは、手前の部屋の隅で大人しく過ごしていた。僕はほっとした。
「ただいま。おいで」
「ニャーオ」
モンスターは僕に近寄り、足の周りをうろうろしだした。
「キルルくん……君、よく普通に接してるね。確認のために爪を見せてもらっていいかい?」
「はい」
僕はモンスターを抱え、
「爪を見せてごらん。殺さないから」
と言った。モンスターは大人しく紫色の爪を見せた。コール先生がまじまじと爪を見る。
「うん、たしかに『ソクシクロネコモドキ』だね。それにしても大人しいな」
「あの、この子飼っちゃだめですか?」
「ええー? いや、それは……」
「この部屋から出しませんから」
「キルルくん、ソクシクロネコモドキはモンスターなんだよ。今その子は子供なんだ。いずれ人間より大きいサイズまで成長してしまうんだよ。大きくなると黒猫と区別つくから『ソクシオオクロネコ』という名前に変わる」
「ええー!?」
僕は、人間サイズの黒猫が部屋でうろつくところを想像した。……怖い怖い怖い!なんか嫌だ!
猫はこの大きさだから可愛いんだと認識した。
「そんなに大きいと可愛くないなあ。思わず殺してしまいそう……」
「殺してくれていいから。モンスターだし」
そうだった。
「大人になるまでどのくらいかかるんですか」
今のこの黒猫のようなモンスターは可愛かった。まだ殺したくない。
「それが、データがないんだ。『ソクシクロネコモドキ』を飼った人なんていないから」
「じゃあ、データを取ると思って、飼っていいですか」
「うーん……校長先生に聞いてみないとなあ」
「またキルルくんはサラリとクレイジーなことを言い始めますねえ」
校長先生は笑っていた。
「とりあえずその爪だけでも切るなり抜くなりして対処してください。そのモンスターがキルルくんの言うこと聞くとしても、先生心配ですよ」
たしかにそうだ。どうしよう。
「ネイルキャップはどうかな。猫の爪にかぶせるキャップだよ」
コール先生が言った。
「それいいですね」
コール先生はもともと猫好きらしく、ネイルキャップも持っていた。それを僕に譲ってくれた。
「つけるのはキルルくん自分でやってくれる?」
「はい」
ネイルキャップは、猫の爪と同じ形をしていて、白色だった。爪の数と同じ十個セットになっている。一つ一つ爪に装着した。つける間もモンスターは大人しくしていた。
僕はモンスターに「クロ」と名付けた。こうしてソクシクロネコモドキのクロは僕のペットとなった。さすがに部屋の外には出さずに室内飼いだけど。
クロは可愛かったのだが、あっという間人間サイズになったらどうしようと少しびびっていた。しかし、一週間してもさほど変わらない大きさだった。なので、クロがモンスターであることを忘れそうなくらいペットとして馴染んでいた。
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