第29話 リリイの母親
学校に戻ると、僕はすぐにレベルを調べた。レベル14になっていた。
後期が始まるまであと一週間ほどある。皆故郷から学校に帰ってきていた。リリイを除いて。
リリイは故郷がここの生徒の中で一番遠いし、戻ってくるのが一番最後になるのは仕方がないだろう。僕もスーと遊んだりしながら、リリイが学校に戻ってくるのを待っていた。その間にレベル15になった。一年生の間にレベル30になるのが決まりだから、後期に入る前にレベル15はちょうどいいペースだろう。
だが、リリイは後期の始業式の前日になっても帰ってこない。
「王都に戻る道中でなにかあったのかもしれません。少し様子を見に行った方がいいですね。ワープマンさん、少し力を貸してください」
「はい」
ワープマンの瞬間移動魔法の力を借りて、校長先生はリリイの故郷に向かった。
校長先生とワープマンは数時間後に学校に戻ってきた。校長先生は、ロビーに特殊クラスの生徒を集めた。
「特殊クラスのみなさん。あなた達の力を借してもらえませんか。ちょっと困ったことになりました」
みんな校長先生の話に耳を傾ける。
「先生ちょっとしくじりましてね。先生がリリイさんの故郷に行ったことで、さらに事態が悪くなってしまいました。リリイさんが学校に戻りたくないとごねています」
「どういうことですか?」
「リリイさんは、旧蘇生魔道士の娘さんでした。つまり、先生の元カノの娘さんということです」
「ええ!?」
「何人かにはお話したことあるんですけど、先生ここの学生だったころ、同級生だった旧蘇生魔道士と付き合っていたのですよ。それがリリイさんのお母さんです」
「ええええええ!?」
知らなかったらしいトイがびっくりしている。
「はい。先生も、気がつきませんでした。リリイさんの入学手続きのときは、村の人が保護者代理で来ていましたし、書類で母親の名前も見ましたが、結婚して名字が変わっていたので、まさかと言う感じです」
「それで、事態がこじれたってどういうことですか?」
ポールトーマスが聞いた。
「最初から、リリイさんホームシックだったでしょう? リリイさんは夏休み、故郷に帰ると、もう学校に戻りたくないと思っちゃったようなんですね。リリイさんのお母さんはリリイさんを学校に行かせようとしていたみたいなのですが、そんなときに私と対面してしまい、その、私が校長を務める学校に娘を行かせるのは嫌だと言い出しまして、母娘ともども学校に戻りたくないと言う事態に……」
「ええええ……」
いやいや、校長先生。なんですかその事態。
「校長先生、野暮な質問なんですけど、リリイってもしかして先生の娘ですか?」
トイが聞いた。
「それはないです。付き合っていた時期とリリイさんの年齢が合わないので」
「校長先生、こう言っちゃなんですが、それは校長先生がなんとかする問題なんじゃ……?なぜ僕たちにこんな話を……」
ポールトーマスがもっともなことを言った。「校長先生」ってかつての恋愛話をこんな堂々と生徒にするものなのだろうか。うち校長先生型破りすぎじゃなかろうか。
「たしかにそうなんですが、さっき一緒に行ったワープマンさんには事態を目撃されてしまったので、隠してもしょうがないですし。それに、先生だけが行くとますますこじれそうなんでクラスメイトのみんなにリリイさん親子を説得してもらった方が効果あると思いましてね。リリイさん一人ぐらいなら、先生の権限一つで強制的に学校に連れてこれるんですけど、母親の方は一般魔法すべてレベル100の猛者な上、結構激しい性格なので、強引にやると学校ごと破壊されかねません。なので、説得しないとまずいです。せめてリリイさんが学校に戻る気になってもらいたいのですが……」
「リリイが学校に戻ってこないなんて、やだよ。みんなで一緒に説得しようよ」
ショウが言った。僕も同じ気持ちだ。リリイが戻ってこないなんて嫌だ。みんなでリリイの村に行くかという話になったが、
「だけど、こんな大人数、さすがに連れていけないぞ」
とワープマンが言った。たしかにそうだ。
「あ、あの僕行ってもいいですか」
僕は手を上げた。
「僕は、『蘇生魔道士』がそばにいないと困るときがいつか来ます。リリイが学校にいないと一番困るのは僕なんです。なのでここは僕が……」
「そうですね。先生から見てもキルルくんが行くのはありだと思います」
「よし、じゃあ行くぞ、キルル」
ワープマンはすぐさま僕の手を取り瞬間移動魔法を使った。
普段使っている魔法陣の瞬間移動とは原理が違うのか、ワープマンの瞬間移動魔法は頭がくらくらする。しかも行き先が遠いので少しずつ瞬間移動するため余計にきつい。リリイの村についたときには倒れそうだった。
「悪いな。まだレベル15だからちょっと荒いんだ。実は、リリイが入学したてでホームシックだったとき、リリイに頼まれて一度この方法で故郷に送ってあげたことがあるんだけど、リリイ、途中で倒れてさ。断念したんだ。この魔法で週末里帰りさせてあげられたらよかったんだけど、相性悪いみたいで」
「そうだったんだ、ありがとう」
僕は返事をしたあと、周りの景色を見た。
「ここが、リリイの故郷なのか……」
僕が降り立ったのは、森の入口だった。ものすごく背の高い木々がそびえ立っていた。
「ここからは道が狭すぎて、今の俺の瞬間移動魔法じゃ通れなかったんだ。少し歩くけど、大丈夫か?」
「ああ」
ワープマンに誘導され、森の奥に進む。木と木の間を擦り抜けるような感じだったが、足場はわりと平旦で、歩くのはそんなに辛くない。
「ねえ、ワープマンはさっき、校長先生とリリイのお母さんのやりとりとか聞いたの?」
ワープマンは笑いながらこっちを見た。
「聞いた。いやほんと、笑ったよ。『ピエロの格好で教育なんて馬鹿じゃないの』から始まって、校長先生が何か言うと『この浮気者』と返ってきて、『あんたが校長の学校なんて男女関係荒れまくりなのが目に見えてるから娘なんて行かせない』ってリリイのお母さん大騒ぎしてたよ。先生がほんとのことみんなに打ち明けてくれて助かった。あんなの胸にしまっとけとか言われたら困るし。絶対誰かに言いたくなっちゃうよ」
「あははは」
なるほど。先生があけすけだったのはそれが理由か。
急に、視界が開けた。家がぽつぽつ建っている集落だ。周囲の植物は、リリイの部屋にあったものと同じだからか、この村には初めて来た気がしない。
「リリイの家、こっち」
ワープマンに案内されリリイの家に向かう。
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