第114話 殺人の呪文
校長先生と共に王都の監獄へ向かう。監獄は、王都の端にひっそり存在していた。高い石壁に覆われた、無機質な四角い建物だった。小説などを読んでいると、死刑囚の処刑は街中で派手にやるイメージがあったのだが、うちの国はひっそりやるようだ。死刑執行人があまり存在を知られていない「即死魔道士」だからというのが大きいだろう。
看守の人が僕達を迎え入れる。監獄の廊下は思っていたより綺麗で、光っていた。囚人たちがいる牢屋を見ることもなく、広くて綺麗な部屋に通された。部屋にはほとんど物がない。部屋は鉄格子によって二つに別れていて、それぞれに扉がついている。小さな椅子が二つ用意されていたので、校長先生と僕は並んで座った。
「今から死刑囚を連れて参ります」
僕と校長先生、そして看守数人と共に、死刑囚が連れて来られるのを待つ。
「キルルくん、死刑囚の罪状とか、興味あったら見れますけど、どうします?」
「見たいです」
興味があったので死刑囚の資料を一読することにした。
死刑囚の名前はゼル。性別は男で、年齢は40歳。魔法の素質はほとんどなくて、戦士学校を出たあと強盗と殺人を繰り返していたようだ。
「殺した人数13人で死刑なんですか……」
僕も即死魔道士じゃなかったら余裕で死刑行きだな、と思った。
即死魔道士だから殺人は罪にならないと言われているけど、私怨による殺人すら罪に問わないというのはすごい待遇だなと思う。死刑にしようものなら蘇生魔道士であるリリイの寿命も縮んでしまうから、というのが一番の理由だろう。それに牢屋に入れたところで牢屋の中からいくらでも殺人できるから、捕らえても仕方ないというのもあるだろう。自由にさせておくのが一番惨状を防げるというのは、納得がいく。僕も、「即死魔道士」だからという理由で行動をむやみに制限されたり、監禁されたりしたら怒り狂う上に敵意が国に行くだろう。国はその事態を避けたいんだな、と思った。
鉄格子の向こうにある扉の外から、大きな声が聞こえてくる。
扉が開き、看守二人に両腕を掴まれた状態で、死刑囚ゼルが部屋に入ってきた。鉄格子越しに見たゼルは、ねずみ色の服を着ていて、髪はぼさぼさだ。腕は縄で縛られていた。
「嫌だ! まだ死にたくねえ!」
死刑囚ゼルは看守の手を振りほどく勢いで暴れまわっていた。死刑になるのはだいぶ前に決まっていても、やはり嫌なものなのか。
看守が数人がかりでゼルを部屋に入れたあと、ゼル一人を残して看守達が部屋を出た。ゼルは観念したのか床に座り込んだ。
「ゼル、最期に残す言葉はありますか」
僕がいる方の部屋にいる看守が尋ねた。ゼルは看守と僕達を睨みつけただけで、何も言わなかった。
「準備は整いました。即死魔道士キルル様。執行お願い致します」
看守が僕に告げた。
「おい、このガキはなんだ。何が起こるんだ」
ゼルが怯えた顔で言った。
「この方は即死魔道士です。呪文を唱えたら、あなたは死亡します」
「ひいいいい!!! 嫌だ! 助けてくれ!」
ゼルは僕に訴えたが、僕は即死魔法の呪文を唱えた。新しい呪文を使う時はいつも、気分が高揚する。
「うっ……」
ゼルは、一瞬だけ呻き声を上げたあと絶命し、地面に転がった。
いつものごとく、新しい呪文を使った反動で僕は膝をついた。息が苦しい。
「キルルくん、大丈夫ですか」
校長先生がしゃがんで僕に声を掛ける。
「はい、体が疲れただけです」
隣の部屋に、看守達が入っていき、ゼルの遺体を運び出した。
「即死魔法は遺体が綺麗なので後の処理がやりやすくて助かります。ありがとうございました」
看守に礼を言われたあと、僕と校長先生は監獄を出た。死刑執行は後日手当が出るとのことだ。
校長先生は僕を自室まで送ってくれた。
「キルルさん、今日はお疲れ様でした。このあとはゆっくり休んでくださいね」
「はい」
僕は自室のベッドに横になると、力なく返事をした。校長先生はベッドの横の椅子に座り、僕を心配そうに見ている。
「あの、先生」
「はい」
「リリイが、泣いてたんです。僕が即死魔法で人を殺すことになるって言ったら、『キルルが可哀想』って。だけど、僕はリリイがどうして泣いたのかわからなくて」
「……どんな悪人相手でもね、殺すのは辛いって人は多いんですよ」
「そうなんですか。どうして辛いんですか?」
今日は体こそ疲れたけど、別に心は辛くない。
「どうしてと言われてもね……キルルくんは、その感情がないので、説明が難しいですね」
僕は黙って考えこんだ。
「だけど、その感情の欠如が、キルルくんの才能でもあります。今日訪れた監獄の看守の中にも、死刑執行役をやりたくない人も多くいるでしょう。キルルくんが代わりに執行してくれたから、感謝してくれていますよ」
今日の校長先生は少し疲れているように見えた。
「先生、もう僕はここで寝ていれば大丈夫なので」
「そうですか。じゃあ先生は他の仕事に行きますね。なにか思うことあったらいつでも話してください」
「はい。ありがとうございます」
校長先生が部屋を後にすると、僕はそのまま朝まで眠ってしまった。
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