第109話 ワープマンの憂鬱
見下ろすと、王都の街が広がっている。国内で一番高い塔である「アイリスの塔」の一番上まで来ると、王都が見渡せる。この場所から見た人々は米粒のように小さかったが、きちんと生活を営んでいるのが伺えた。
俺は、王都を動き回る小さな人々と、それを囲む建造物を見ながら、溜め息をついた。ここなら、どんな表情で過ごしても、だれにも見えないからだ。
煉瓦が積み重ねられ、円柱型になっているこの塔だが、天辺は三角屋根になっていて、ここにこれるのは瞬間移動魔道士の俺だけだ。いつものように三角屋根の傾斜に腰掛ける。
瞬間移動魔法は、便利極まりない。使い勝手が良すぎて、使う機会に困らずレベル上げも簡単だ。
だけど、時々嫌な物も見てしまう。開かずの扉の向こうに侵入する依頼が来て、入ってみたら腐敗した人間の死体が転がっていたり、思わぬ人様の秘密を見てしまう羽目になったりする。
だから、こうやって、自分しか見れない綺麗な景色を見て中和せねばならない、と本能的に感じているのだろう。時々ここに来る。
「兄貴ー!」
この場所からは聞こえるはずのない声が耳元に聞こえてぎょっとした俺は、思わず塔から転落した。すぐに瞬間移動魔法で元の位置に戻れるから大丈夫だけども。俺の横には青い髪の少年が立っていた。
「シャラド! びっくりしただろ! 俺じゃなかったら死んでるぞ!」
シャラドは、二年後輩で義弟(になる予定)の分身魔道士クローンの本名だ。
「そもそもここに来るの兄貴だけでしょ。ていうか、ここでは本名で呼ぶんだ? ガラ兄」
ガラは、俺、ワープマンの本名だ。正確には「ガラセ」だ。
「ここなら他のやつは来ないだろ」
「分身魔法でここまで来たんだよ」
義弟は分身魔法で分身を作ってここに現れたようだ。よくみるとその姿は透けていて、空の青と混じっていた。
「分身魔法もなかなかすごいな」
「へへ、特殊クラスの同級生いないけど、分身して大所帯クラスに変えるんだ」
「そうか……」
同学年に特殊魔道士がいない故の計画を聞いて、少し気の毒になった。
「シャラド、流石に一人しかいないクラスは寂しいんだな……」
「寂しいよ。だけど、一番寂しがっているのはマヤ姉だし」
「ああ……」
「マヤ姉」は、俺の婚約者だ。
マヤは、風魔法80止まりのため地元の町にいる。俺の瞬間移動魔法でその気になればいつでも町には帰れるから、頻繁に会ってはいるが、やはり、同じ学校で過ごしたかったと言っていた。
「そのうち、俺の分身魔法の範囲を広げて、学校と実家に同時に顔出すんだ。ガラ兄も瞬間移動魔法があるし、マヤ姉ももうすぐ寂しくなくなるよね」
「ああ……なあ、お前だから言うけどさ……」
「なに? ガラ兄」
「俺、マヤはうちの学校に来なくて良かったと思ってるんだ」
「なんで?」
義弟はきょとんとした声で聞き返す。
「いや、俺自身と同級生の魔法のレベルが上がってきて思うけど、特殊魔道士って結構面倒だよ。俺自身の魔法ですらいろいろ思うところあるし、トラップ付きのクイズ作るやついるし、唐突に笑わせるやついるし、なんなら呪文一つで人まで殺せるやつまでいる。まだ入学時は愉快だったけど、もう伏魔殿だようちの学校」
「伏魔殿って、ガラ兄……」
「自分がいる分にはいいけど、大事な人がいたら心配で身が持たねえよ」
「ガラ兄、マヤ姉のこと大好きなんだねえ」
「うるせえ!」
俺は思わず義弟を小突いたが、透明な分身なので当たらない。そのまま話を続けることにした。
「俺、思うんだよ。魔法なんて、一般魔法でレベル80止まりくらいのやつが、一番得している気がするんだ」
「つまり、マヤ姉ってこと?」
「ああ」
義弟は、まだ特殊魔法覚えたてだから、俺の言いたいことを理解するまでにもう少し時間がかかるだろう。俺自身、そして同級生たちのレベル100の姿を想像すると、少し不安だった。魔法の才能というのは、強力すぎても考えものだと思う。ほどほどに強いやつが、一番得している気がしてならない。
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