第八話 学園と私
力を、感じる。
説明し難いような、けれども確かに体の中に流れていることを感じられる、それ。
……ここだ!
私は内に巡る力を溜め、それを放つようにして聖句を口にする。
「うわっ……!」
その結果、力が暴走して風が吹き荒れた。
吹き飛ばされないように目を瞑りつつ、柱にしがみつく。
……反射レベルでこの対応ができるほど、慣れている自分が悲しい。
恐る恐る目を開ければ、予想通り窓は割れ、室内は酷いあり様。
「クレアさん……っ!」
騒ぎを聞きつけた先生が、駆け込んでくる。
普段は温和な彼女も、この惨事に目を釣り上げていた。
「あれほど、あれほど力の扱いには注意するようにと……!」
何十回と聞いた先生の説教は、最早右から左に聞き流す。
聞かなくても何を言われるか分かるほどには、何度も注意を受けているからだ。
ここは、王都北部の山の奥深くにある神官育成のための学園。
七歳から十八歳までの子どもが、ここで神官になるべく修練を積んでいる。
神官……それは、神の|憑代≪よりしろ≫。
神そのものや神の力をその身に降ろし、自らの力として扱うことができる者のことを指すのだとか。
神をその身に宿すことを可能としているのが、神官自身が持つ『|神力≪しんりょく≫』で、怪我や簡単な病の治療や|瘴気≪しょうき≫と呼ばれる魔物に纏わりつくあの黒い|靄≪もや≫を浄化させることができるらしい。
……私があの熊の魔物を倒すことができたのは、恐らく神力によるものだったのだろう。
神力が備わっていなければ神官にはなれず、当然学園への入学もできない。
神力が備わるのは数千人に一人の割合であり、希少な存在なのだとか。
それ故に、学園に入学できることはこの上なく栄誉なことらしい。
栄誉なんてどうでも良いから、さっさと家族のもとに帰して欲しい……と、ここに来るまでの間に私は随分と反抗した。
けれども、それでも最終的に学園に入学することを決めたのは……『その大切な家族を、危険に晒したいのですか?』という神官の一言だ。
さっきのように力を暴走させた挙句、家族に怪我を負わせてしまうかもしれない。
そもそも神官には、その希少性故に利用しようと近づく者たちもいる。
そうした者たちから、自身と、そして自身の周りの人たちを守る為には……結局その力をコントロールできるよう、そして自身の身を守れるぐらいには力をつけなければならないということだ。
そこまで説明されて、結局私は半ば強引に連れて来られたこの学園の入学を決めた……という訳だ。
それに、神官となれば就職は安泰。
手に職をつけるためと考えれば、決してそう悪い話ではない。
ちなみに、将来的に一定の給金を得られる可能性があること、そして神官を輩出した家には見返りが与えられるため、我が子を学園に入学させようと門を叩く親は多勢いるらしい。
この学園の入学基準はただ一つ、神力を持つか否か。
その神力の発現は、例えば怪我を治したいだとかで幼い頃に起こることもままあることだそうだ。
尤も、神力を持つ子は代々神官を多く輩出する名門の家に産まれ易いらしく、それ以外の一般的な家からの申告は八割がたが勘違いらしいけれども。
そうした神力保有の申告の真偽を確かめるのは、神官の仕事の一つ。
真実を司る神であるマリス神の神官と、神力の管理者を担う神のトゥトゥ神の神官が、その申告のあった子どもたち一人一人に会って真偽の程を確かめるのだとか。
更にマリス神とトゥトゥ神の神官は、全てを見通す神であるホルビス神の神官と協力し合って、時々申告されない神力を持つ子どもがいないか探しているらしい。
要するに、世界中の至る所が映し出されたカメラ映像を神力発見器にかけて、その結果を更に嘘発見器で通して神官候補を探し出すという訳だ。
この三人の協力――『選定の儀』と呼ばれるらしいが――もしくは、申告によって神官候補はどんなに遅くとも十歳までにはここに入学を果たす。
だからこそ、この歳まで神力が観測されなかった私の存在は不可解だと言っていた。
たまたま――私にとっては不運なことに――私が街に出たタイミングでその選定の儀が行われたから見つかってしまったものの、もしもそんな偶然が重ならなければ、今尚私は村で平穏に暮らしていたかもしれない。
それを思えば、あの時村を出たことは良かったのか悪かったのか……。
何とも釈然としない。
とはいえ、もう決めたことだ。
目指すは、そこそこの成績を取って、村唯一の教会の管理人になること。
それと薬草店のおばちゃんと共同して、村の人たちの病や怪我の治療に従事すること。
我ながら、中々良い将来設計図だと自負している。
……でも、その目標までの道のりは果てしなく遠い。
「聞いていますか! クレアさん!」
先生の叫び声で、現実に引き戻される。
「はい……申し訳ございませんでした!」
それから私は、ひたすら先生に謝り倒していた。