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【澪亜】見習い聖女の憂鬱  作者: 澪亜【N-Star】
第一章 平穏な幸せ
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第三話 家族と私

 薬草店からの帰り、私は村で唯一の教会に立ち寄る。

 大きな街の教会だと神官さんがいるらしいけれど、当然この小さな村にはいない。

 あえて言うならば、村人全員でこの教会を管理している。

 少し古ぼけた、建物。

 それでも掃除は行き届いていて、温かな光に照らされた室内にいると不思議と心が落ち着く。

 この国の……というよりも、この世界で信じられているフィルメロ教は日本のそれと同じく多神教。

 考え方も何処か似通っていて、火には火を司る神さまが、水には水を司る神さまが……と、森羅万象あらゆるモノに神さまが宿っているとされている。

 この教会が、どの神さまを祀っているのか……私は知らない。

 村の人たちも、思い思いの神さまに向けて祈りを捧げているらしいから、よく分からないらしい。

 それでも、村人は皆ここに毎日顔を出す。

 勿論、私も。

 前世では神主の家系の割には信心深い質でなかったというのに、こうも変わるとは自分でも驚きだ。

 それでも、願わずにはいられない。

 この平穏な毎日が、続くことを。

 ……暫く祭壇に向かって祈りを捧げ、それから私は帰路に着いた。


「おねえちゃーん」


 家に帰ると、ぐずるアレンと困ったような表情を浮かべるお母さんが、真っ先に私を出迎えてくれた。


「アレン、どうしたの? また、具合が悪いの?」


 私はお母さんからアレンを受け取って、抱き上げながら問いかける。

 サラサラとした金髪の可愛らしい顔立ちをしたアレンは、ぐすぐすと泣きながら私に抱きついていた。


「ううん。具合は悪くないみたいなのよ。ただ、お昼寝から起きたらクレアがいなくて、ね」


 お母さんは、私の胸元にいるアレンの頭をポンポンと撫でた。

 アレンは、私にとてもよく懐いてくれている。

 いつも、どこ行くにも一緒。

 そのせいか、私がフラリと何も言わずに出かけてしまうと私を探して泣き出してしまうのだ。

 とてとてと私の後ろを付いて回る姿が可愛らしくて、私もついつい甘やかしてしまうのがいけないのだろう。


「驚かせちゃってごめんね、アレン。ちょっと薬屋のおばさんのところに届け物をしていたの。……でも、ダメでしょう? お母さんを困らせちゃ」


 私の言葉に、ピクリとアレンは体を一瞬震わせた。

 そしてそうと分かるほど、しょんぼりとしていた。


「……お母さん、ごめんなさい」


 小さな声で呟く謝罪の言葉に、お母さんは苦笑を漏らす。


「良いのよ。それにしても、アレンは本当にお姉ちゃん子よね」


 ツンツンと、お母さんはアレンの頰を突っついた。

 それが気に入らないのか、アレンはぷっくりと頰を膨らませている。


「ただいまー。……っと、こんな玄関でどうしたんだ?」


 突然背後の玄関の扉が開いたかと思ったら、そこにいたのはお父さんだった。


「あなた、お帰りなさい。怪我はない?」


 お母さんはお父さんに近づき、少し汗ばんでいた額を拭ってあげていた。

 ……本当に、仲の良い夫婦だ。


「勿論、怪我なんざしてねえさ。それより、今日は大漁だぞー?」


 お父さんの背後には、解体された肉が大量にあった。

 自給自足が前提のこの村では、男衆が森で動物を狩る。

 始めは、それこそスーパーに売っているような小分けになっていない肉に戸惑ったものだけど、流石に十五年もこの生活をしていれば嫌でも慣れるものだ。


「姉ちゃんがいなくて泣いてたんだって? そんなんじゃあ、姉ちゃんを守れるような強い男になれねえぞー?」


 私が一人考え事をしている間にお母さんから事の次第を聞いたのか、お父さんは笑いながらアレンの頭をガシガシと撫でていた。

 アレンはお父さんのその仕草に不貞腐れたような表情を浮かべているものの、嫌ではないのか黙って受け入れている。


「あなた、その辺で止めてくださいな。あなたは力の加減っていうものができないんですからね」


「このぐらい大丈夫だよ。なあ? アレン」


 アレンはお父さんの言葉に答えず、そっぽを向くように再び私の胸元に顔を埋めた。

 その反応に、お父さんはヤレヤレと苦笑を漏らす。


「ほら、アレンも答えないでしょう? ……さて、私はお父さんが狩ってきてくれたお肉を調理しちゃいますから。お夕飯はもう少し待っていてね」


「それなら、私はお風呂の準備を……」


「薪割りなら俺がしておくさ」


 私の言葉を遮るように、お父さんが言った。


「でも、お父さんは家に帰ってきたばかりだし……」


「大丈夫だぞ? まだまだ父さんは若いからなー。それよか、クレア。アレンの面倒を見ていてくれねえか?」


「そんなのお安い御用だよ」


「じゃ、よろしくな」


 お父さんは私の頭をアレンにしたように豪快に撫でると、再び家から出て行った。

 せっかくなのでお父さんの言葉に甘えて、適当に選んだ本をアレンに読み聞かせる。

 アレンは目を爛々と輝かして、私の声に耳を傾けていた。


「ご飯よー」


 程なくして聞こえてきたお母さんの声に、私たち家族はダイニングに集まる。


「お、美味そうだな」


「コラ、あなた。つまみ食いはしちゃダメよ。アレンが真似するようになっちゃったら、どうするの?」


「悪い悪い」


 お父さんとお母さんのやり取りに、つい笑ってしまう。

 ……底抜けに明るい、けれども頼り甲斐のあるお父さん。

 温和で優しい、けれども時には厳しいお母さん。

 そして可愛い弟。

 これが、私の今世での家族。

 大好きで、大切な……かけがえのない人たち。

 前世の家族を思えば、胸が痛むけれども……否、だからこそ。

 今度こそ、間違えない。

 当たり前の日常を……胸が詰まるほどに温かなこの光景の有り難みを忘れてはならない。

 そう、心に誓うのだった。

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