第三十四話 レベッカと私③
「クレアさん!」
制止するヘレン様とイザベル先生の声を振り切って、私は今にも破れかけた結界に近付く。
どす黒く渦巻く瘴気に包まれていて、彼女の姿は見えない。
学園に来て始めてできた、私の大切な友だち。
落ちこぼれな上に、中途半端な時期に転入したせいで、誰もが私を不審な目で見ていたのに。
「……クレ、ア?」
「レベッカ……!?」
瘴気の中から聞こえてきたレベッカの声に、私は思わず叫んだ。
僅かに瘴気が動いて、彼女の顔が見える。
「レベッカ! レベッカ!」
無我夢中で、存在を確かめるように彼女の名を呼び続ける。
「ごめん、ね……クレア」
「どうして、レベッカが謝るの!?」
「クレ、アに……嫌な態度を、取った。クレアに、嫉妬して……」
「私に、嫉妬……?」
「そ、う。……学科試験、一番を取って。最近は、三貴神の方々と親しそうで。……私、最低なの。クレアは、私よりも実力が低いから。それでクレアのそばにいると、楽になれるからって。それで友だちでいたんじゃないかって」
レベッカの言葉に、不思議とショックはなかった。
むしろ、そんなことなどどうでも良いとすら思えた。
「……聖地巡礼も、上手くいかなかったし。それで嫉妬を拗らせて……手っ取り早く力が欲しいって甘い言葉に乗せられて……そう、思ってしまったの。それで、こんなザマ……」
「そんなこと、どうでも良い! どうでも良いよ! レベッカがそう思っていたのだとしても、私がレベッカにたくさん助けて貰ったのは事実だもん! 私にとって、レベッカは大切な友だちに変わりないよ!」
「……あり、がとう。クレア……」
レベッカが、弱々しく笑う。
「ごめん、ね……。でも、信じて貰えないかもしれないけど……クレアのこと、大好きだったのは本当だよ……」
「そんな過去形みたいに言わないで!」
「……うん。で、も……このまま、私は瘴気ごと封じてもらうしかないから」
「そんな……」
「良いの。私の弱い心のせいで、こんなことになってしまったんだもん。だから……このまま瘴気と道連れになる覚悟はできたわ」
嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ!
声にならない叫びが、私の心を貫く。
大切なんだ! この世界でできた、私の大切な友だち。
助けたい! ここで目を瞑って動かなければ、私はきっと後悔する。
たとえこの学校を出て家族のもとに帰れたとしても、もう私は私らしくいられない。
ギリリ、と爪が食い込むほどに手を握り締めた。
……力が、欲しい、
レベッカを助けたいから。
他の誰かがではなく、私のこの手で……っ!
瞬間、パリンとガラスが割れるような音が聞こえた。
俯いていた顔を上げれば、無残にも結界が破れている。
同時に物凄い勢いで、瘴気が迫ってきた。
「「「クレア(さん)!」」」
遠くから、ヘレン様とイザベル先生、それからアビーの声が聞こえる。
振り返れば、三人とも目を見開いて慌てたように手を伸ばしていた。
絶体絶命。
けれども、不思議と焦りはなかった。
我が身の心配よりも、既に取り込まれているレベッカのことで頭がいっぱいだった。
「……逃げ、て。クレア……」
瘴気の闇に包まれそうになった瞬間、レベッカの声が聞こえてきた。
「逃げない! レベッカと一緒じゃないと、この場から離れないから!」
そう叫んだ瞬間、熱い何かが私の胸の奥で蠢く心地がした。
……この感覚、経験したことがある。
いつだったか……そうだ、家族と街に行く途中で魔物に遭遇したあの時と同じだ。
根拠もないのに、不思議と何でもできるような感覚。
まるで、薄皮一枚隔てたような隔絶された世界から俯瞰的に現状を眺めているようで、瘴気が迫るのが酷く遅く感じられていた。
『……全てを照らす日の女神よ。その温かな腕で、生きとし生けるものを守護する神よ。我は盟約により、其の力を所望する。かしこみ、かしこみも申す』
自然と口から漏れた言葉。
瞬間、私は強烈な光に包まれた。




