第三十三話 レベッカと私②
「……やはり、ひとまず侵入してくる魔物を私とセラフィーナ様で滅してきます」
そう言ったケリー様が、胸の前で手を組む。
『闇夜に輝く、麗しき月の女神よ。闇をも包み込み、安寧を齎す神よ。我は盟約により、其の力を所望する。かしこみ、かしこみも申す』
ケリー様が祝詞をあげた瞬間、圧倒的な神力が彼女の身から発せられた。
それと同時に、闇が学園を覆う。
この場にいた生徒たちは皆、突然視界が暗転したことに驚きの声をあげた。
けれども闇に覆われていたのは本当に一瞬のことで、視界が晴れた瞬間思わず安堵の息を漏らす。
「……っ。どうやら、魔物は学園の北に二十体、南に三十体いるようです。私がみな……」
大掛かりな術を行使したせいか、僅かにケリー様の顔色が悪い。
「良いよ。私が南に行く。ケリー様は今の術で大分神力を消耗したようだしね」
そんなケリー様を気遣うように、セラフィーナ様はケリー様の言葉を遮る。
そしてケリー様の返答を待たずして、南に向かった。
「ならば、私は北へ向かいます。ヘレン様、この場を頼みます」
ケリー様はそう言い残すと、すぐに北へと向かった。
「……私が、この場の結界を張ります」
ヘレン様はそう言うと、前に出て神力で術を構築していく。
先生二人のそれよりも強力な神力の気配に、誰もが祈るように彼女を見守っていた。
そうして無事に結界が完成したことに気がつくと、私を含めて皆が安堵の息を漏らす。
「流石、ヘレン様」
「いえ……完成はしましたが、現状を維持することで精一杯です。いずれ、結界を破られてしまう可能が高い」
そう呟くと、ヘレン様はその場に崩れ落ちる。
思わず私は、手を伸ばしかけた。
「ヘレン様……!」
けれども、私が彼女のもとに駆け寄るよりも前に、イザベル先生が駆け寄って彼女の身を支える。
そのことに、人知れず安堵の息を漏らしていた。
こんな大勢の人の前でヘレン様に駆け寄ってしまえば、その関係性をまたもや疑われる……と。
すぐに、そんな自分に嫌気がさす。
こんな緊急事態で、我が身可愛さに行動を躊躇ったことに。
ヘレン様が張った結界に閉じ込められた瘴気は、それを破ろうと足掻くようにその触手を懸命に伸ばし続けている。
ピシリ、ピシリと瘴気が結界にぶつかる嫌な音が響いていた。
早く、誰か助けて。
不安に駆られた生徒の一人が、叫んだ。
この瘴気を、どうにかして。
その声に呼応するように、一人また一人と叫び出す。
そんな不安と恐れが伝播した皆の様子を、私は酷く冷めた気持ちで眺めていた。
……自分でも、不思議だった。
どうして、こんな冷めた気持ちになるんだろうって。
彼女たちの泣き言を聞き続けているうちに、私はふと気がついた。
皆、普段はあんなに神官見習いであることを誇っているのに、いざという時になればコレかと思っていたことに。
ヘレン様がその声に応えるように立ち上がろうとする。
「ヘレン様……!」
イザベル先生が、心配げに声をかけた。
先生の懸念通り、ヘレン様は力が入らないのか再びその場に崩れ落ちる。
「……どうして、ですか」
私は、思わずヘレン様に聞いていた。
「どうして、そこまで頑張るのですか」
無意識に出た私のその言葉に、ヘレン様は苦笑を浮かべる。
「誰かがやらなければ、事態は好転しないからです」
「ならば、その誰かに任せるという選択肢はないのですか? ヘレン様はもう、いっぱいいっぱいなのに。これほどの騒ぎなのですから、きっともう少しで現職の神官の皆さんたちもいらっしゃるかと思います」
「……そうですね。神官の方々がいらっしゃっていただければ、この場は収まるかもしれません。でも、神官の方々は一体いつになれば来られるのでしょうか」
「それは……」
「その間に何かあれば、きっと私は後悔します。私はできることを精一杯やったのか、今この時に何かをすれば、どうにかなったのではないかと」
ヘレン様の言葉が、胸に刺さる。
「誰にも強制はされていません。ただ、私がしたいから、する。たとえ力が及ばずとも後悔しないように。それだけですよ」
……どうして、そうも強くあれるのだろうか。
……どうして、そうも優しくあれるのだろうか。
思わず、そう言いかけた。
私は、自分に言い訳をして逃げていた。
未熟だから、力が及ばないから。
今この場で、私がフレイア様の神官だって露見してはならないから。
レベッカが心配で堪らないのに、最後のところで人任せ。
この場にいる他の生徒たちを批判する資格は、私にはない。
だって、私も同じ穴の狢なのだから。
「レベッカ……。今、助けるから!」




