第二話 私と情報通
トントントン、機織り機で布を織る。
かつての世界では、布なんてお金を出せばすぐに手に入ったものだ。
それが今では、こうして時間をかけ、自らの手を動かさなければ手に入らない。
けれども、だからこそ出来上がった一つ一つの物に自然と愛着が湧く。
トントントン、トントントン。
物心ついた時から機織りは私の仕事だったおかげで、すっかり手慣れたものだ。
「できた……っ!」
快心の、出来だ。
達成感に浸りつつ暫く眺めた後、私はそれを持って早速家を出る。
「おや、クレアちゃん。こんにちは」
「こんにちは、おじさん。この前は肥料をありがとうね。おじさんから貰った肥料を使ったら、作物の育ちが良くなったよ」
「そりゃ良かった。また無くなったら分けてあげるから、いつでもおいで」
「うん、ありがとう」
村中が知り合いだから、歩けば歩くほど出会う知り合い。
『ご近所付き合いが最大の防犯システムだ』とは前世の何かで見た記憶があるけれども、本当にそうだと思う。
この村には知らない人はいないから、不審者がいたらすぐに分かるだろう。
尤も……この村にはわざわざ盗むようなものがないから、逆に泥棒や盗賊団も寄り付かないか。
「おばさん! 頼まれたもの、できたよ」
扉を勢いよく開けて、お店の中に入る。
……相変わらず、様々な薬草が混じり合った臭いが漂っていた。
村では医者もいないから、村中の皆がこの薬草店に頼っている。
カウンターの奥にいる、恰幅の良い店の主人に出来上がった布を渡した。
「あら、クレアちゃん! ありがとう。相変わらず早くて綺麗な仕上がりね」
出来上がった布を、おばさんはマジマジと見て言う。
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」
「私はお世辞は言わない質だよ。……そういえば、聞いたかい? さっき私も知ったんだけどね、森を出て二つ先の街が魔物に襲われたんだってさ」
突然真剣な顔つきになったかと思えば、そんなことを言い出した。
……魔物。
この世界には、人を襲うような凶暴な獣が存在する。
その凶暴性は普通の獣以上で、強靭さもまたそれ以上。
魔物と戦うために訓練をした人が対魔物用の特殊な武器を使うことで、やっと討伐することができるらしい。
勿論そんな訓練をした人なんてあちらこちらに転がっている訳ではないから、どうしても対応は後手後手に回る。
その結果、この国では例年少なくない犠牲者を出していた。
……尤も、この村は魔物に襲われたことがない。
むしろ何故か村の近くにすら現れたことがなく、私もその存在を直に見たことはなかった。
「相変わらず、おばさんは情報を仕入れるのが早いね」
……おばさんの薬草店は村の皆が利用しているため、色んな情報が入ってくる。
閉鎖的な村だから、街から持ち帰った情報はあっという間に広がるものだけど、基本おばさんが知らないことはないんじゃないかな? というぐらい耳聡い。
「それにしても、二つ先の街か。距離はあるけど、この村にまで来ないか少し心配だね」
「そうなんだよ。隣街の人たちも、随分心配していたよ。一応、二つ先の魔物は神官様と騎士団の方々が討伐してくれたらしいけどね」
……神官。
それは、神の力をその身に降ろすことができる特殊な力を持つ女性たちのことだ。
彼女たちは国の発展に貢献するべく、自身の身に宿る神の力を行使する。
そして魔物討伐もまた、彼女たちの務めの一つ。
魔物討伐の専門家にして神官たちの護衛の騎士団と共に、魔物を討伐しているらしい。
……当然、魔物が現れたことのないこの村に神官が訪れたことはない。
第一、神官は数千人に一人という割合で現れる稀有な力の持ち主たちだから、大きな街にでも行かない限り、偶然にでも出くわすことはないだろう。
「そっか……それなら、安心だね。それにしても、神官さんたちも大変だよね。そんな風に、魔物討伐に駆り出されるなんて」
「クレアちゃんは面白い考え方をするね。まあ……誰だって、自分の身が惜しい。……でも、神官様たちは特別な力を持っているんだ。きっと、普通の人とは違うのさ」
「そうなのかな……」
「ま、私たちには分からないことさ。……さて、クレアちゃん。話は逸れちゃったけど、素敵な布のお礼に、この店の薬をプレゼントするよ。どれが良い?」
少しモヤモヤと考え込んでいた私は、おばさんのその一言に現実に戻された。
「ありがとう、おばさん。……それだったら、アレンの薬を分けてもらえる?」
「お安い御用だよ。アレン君、また具合が悪くなったのかい?」
おばさんは、気遣わしげに問いかけてきた。
アレンは、私の年の離れた弟。
少々病弱で、ここの薬草にはいつもお世話になっている。
「ううん。でも、もう家に在庫がないから……何かあった時のために手元に持っておきたいなって」
「そうかい。じゃ、コレをどうぞ」
「ありがとう、おばさん!」
私は薬草を受け取ると、お礼を言って店を出た。
「いいえ。こちらこそ、ありがとうね」
おばさんのその言葉を、背で受け止めながら。