第二十六話 私と聖地 ②
歩けども歩けども、変わらない景色。
そのせいで、自分がどれだけ歩いて、今どこにいるのか皆目見当もつかない。
……これだけ歩いてもまったく人に会わないということは、やっぱり道を間違えたかもしれないな……と、私は来た道を戻ろうとした。
そうして振り返る最中、少し先にぼんやりと光が灯っている場所があることに気がつく。
……ああ、あっちに皆いるのか。
疑いもせず、誘われるがままにその光を追いかける。
どんどん強くなる光に安堵を覚えながら、一心不乱に追いかけて――そして見つけた人影に声をかけようとした、その時。
「……え?」
眩いばかりの光に包まれたかと思ったら、目の前にいたのはケリー様とセラフィーナ様だった。
おまけに、いつの間にか屋外からどこかの室内に移動している。
「貴女は、確か……クレアさん? 何故、貴女がここにいるの?」
戸惑った様子を見せつつも、ケリー様が鋭い声色で問いかけてきた。
「ケリー、落ち着いて。儀式の前だ。……君、どうやってここに来たの?」
「え? どうやって……転んで皆と逸れてしまって……。それで、皆の後を追いかけたのですが、森の中で道に迷ってしまった時に灯りが見えたので、ここに来た次第です」
「ありえないわ! ここは三貴神の宣託の場。三貴神以外、入ることは不可能な筈なのに……」
珍しくケリー様が慌てていたけれども、彼女の言葉に私も慌てる。
三貴神にしか、入れない場所?
誰でも入れそうな、こんな開けた場所がそんな重要な場所なの?
この状況を打破するための言葉を頭の中で必死に考えても、何も思い浮かばない。
むしろ、そんな重要な儀式の邪魔をするように、無断でそんな重要な場所に入り込んでしまった事実に恐れ慄くことしかできない。
「信じ難いけれども……結界の内に入れたということは、この子が三貴神の一人ということ。私とケリーはここにいるから、多分、君がフレイア様の神官ということかな?」
「そんな……ありえないです! だって、フレイア様の神官は、ヘレン様なんでしょう? 何かの間違いです」
「そうよ!」
ケリー様は同調してくれたけれども、セラフィーナ様は溜息を吐きつつ首を横に振った。
「ケリー。現実を見なよ。……君も感じ取れると思うけれども、この結界に不具合は見当たらない。ということは、やっぱりこの子がフレイア様の神官だということだ」
「だけど……っ! この子は、ソレイユ家の人ではないのよ!」
「うん。それも含めて不審な点ばかりだけど……それでも、神々が張ったこの結界を疑う理由にはならない。ホラ、来た……」
突然、眩い光が視界を埋め尽くす。
思わず目を瞑り、次に目を開けた瞬間……ケリー様もセラフィーナ様も姿を消していた。
代わりにそこにいたのは、見たことがないほどの美しい女性。
……見たことがない?
否、この顔はどこかで……?
けれども、そもそもこの状況に頭がついていかなくて、思い出す余裕が今の私にはない。
彼女は悲しそうに微笑むと、そっと私の頭を撫でた。
『ごめんなさい……』
「え……?」
どこかで聞き覚えのあるその声に首を傾げたその瞬間、女性は消えていた。
代わりに目の前にいるのは、ケリー様とセラフィーナ様。
どうやら、元の世界に戻ったようだ。
「……終わったようだね。ケリー、君は無事に……?」
「ええ。ルナリア様より宣託を賜ったわ。そう言うセラフィーナは?」
「勿論、ガイア様に宣託いただいたよ。……それで、クレア。君はどうだった?」
「え? ……え?」
混乱して、言葉が出てこない。
困ってキョロキョロと辺りを見回していたら、ケリー様に思いっきり冷たい視線を向けられた。
「やっぱり、この子がフレイア様の宣託を受けるなんてありえないわ。きっと、ヘレンに何かあったのよ」
「うーん……そんなことはない筈だけど。あ、結界が消えていく……」
セラフィーナ様の言う通り、ポロポロと周りの壁が崩れたかと思えば再び満天の星空の下にいた。
「……やはり、貴女がフレイア様の神官だったのですね。クレアさん」
そして目の前にいたのは――心配そうに私を見つめる、ヘレン様その人だった。




