第二十五話 私と聖地①
緑、緑、木、緑、木、緑、緑……。
降り立った先の景色を見て先ず私が思ったのは、そんなこと。
船を停めた広大な空き地の周りには木々が生い茂り、その隙間を埋めるように緑色の葉がこれでもかとあった。
正に森のど真ん中のようだ。
似ていないけれども、それでも故郷の景色が思い出されて胸が温かくなった心地がする。
再び先生の先導で、森の中の一本道を進む。
不思議と木々が生い茂っているのに、森の中は明るい。
暫く歩いて、やがて再び空き地が目の前に現れた。
一瞬、元いた場所に戻ったのではと思ったけれども、そこに船はない。
代わりに、中央にまるでキャンプファイヤーでもするかのような組み木が置いてある。
その空き地を越えて、更に細い道を進んでいく。
そして辿り着いた先には、石造りの粗末な小屋と大きな建物が一つずつ。
そのどちらも、かなり昔に造られたであろうことは遠目からも見て取れる。
私たちは先生の後に続いて、大きな建物の方に入る。
床は、剥き出しの地面。
薄暗い室内は、冷んやりとした空気が漂っている。
煉瓦のように組まれた石の壁を越えた先には、大きな泉。
一旦その泉を脇目に、私達は二階に進んだ。
皆、そこで思い思いに休む。
歩いた距離はそんなに長くはなかったけれども、久しぶりの遠出に私も少しだけ疲れていた。
名前を呼ばれたグループから、再び階下に降りて泉で禊をする。
私は最後の方だと決まっていたので、それまでゆっくりと座って皆の様子を眺めていた。
常にはない、緊張感が漂っている。
心配になってレベッカの顔色を伺ってみれば、やはり同じように緊張した面持ちを覗かせていた。
どことなく厳かで重苦しい空気の中で待っていると、時の流れが遅く感じられる。
やっと名前が呼ばれたところで、私は同じグループの面々と階下に向かった。
神官装束に身を包んだまま、泉で身を清める。
服を着たままの入水は少し違和感があったけれども、泉に入った瞬間そんな違和感は吹き飛んだ。
まるで余分なものが、一つ一つ剥がれ落ちていくような……そんな不思議な感覚。
温泉でもないのに冷たさは一切なく、むしろ細胞が一つ一つ活性化したかのように体の奥から温かさが染み渡る。
その不思議な感覚に身を委ねながら、私は目を瞑って手を組んだ。
……静かだった。
同じく泉に浸かる人がいる筈なのに、まるで誰もこの場にいないと錯覚してしまいそうなほど。
心を落ち着かせその泉に浸かっている内に、かつてないほどの神力を感じた。
まるで泉からそれを吸収したように、体が満ちていく。
やがてこれ以上の吸収は必要ないというところで、自然と泉から出ていた。
不思議と泉から出たのに、体は濡れていない。
私は前のグループがそうであったように、再び階段を登った。
そして儀式が始まるまでの間、静かに思い思いの場所に座る。
私は石が剥き出しの壁にもたれかかって、今度は窓から景色を眺めていた。
窓といってもガラスは嵌め込まれておらず、煉瓦のように組まれた石と石の間の隙間のようなそれだ。
いつの間に時が経っていたのか、紅が世界を包んでいた。
柔らかくて美しいその色に照らされた森は、歩いて来た時とは別の魅力が感じられた。
やがて、厳かな声色で先生が始まりの時を告げた。
儀式は、建物前に設置されている組み木の周りで行われるとの事だ
ゆったりとした動作で、一人、また一人と進んでいく。
私は最後のため、その背を見送っていた。
……さて、そろそろか。
私の前の生徒が進んだところで、私もまた立ち上がって足を進める。
「あっ……!」
途中、石に躓いて転んでしまった。
目立った怪我がないことを確認して安堵しつつも、しまらないなあ……と内心苦笑いを浮かべていた。
……このまま、欠席してしまおうか。
そんな考えが、一瞬頭を過る。
私一人がいなくても、気づかれることはない筈だ。
とはいえ、この静かで薄暗い空間に一人というのも少々怖いので、仕方なくゆっくり立ち上がって進む。
私が蹲っている間に皆はだいぶ進んでしまっていたのか、誰の姿も見当たらない。
日が完全に落ちたのか、視界は真っ暗だった。
……おかげで、どの道が正解の道か分からない。
目が暗闇に慣れてきて僅かに見えるそれらは、どれも同じものに見える。
……この場で突っ立っていても仕方がないと、勘で道を選択した。
そして私は、暗闇の中を進んで行った。




