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【澪亜】見習い聖女の憂鬱  作者: 澪亜【N-Star】
第二章 入学編
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第二十三話 私の心配

「乙女の願いに応え、力を授けたまえ。荒ぶる風の力を纏いて、我が障壁を吹き飛ばさん。風の神、パルスよ……かしこみかしこみも申す!」


 呪文と共に神力が膨れ上がる心地がした。瞬間、風が吹き上がった気がする。

 ……成功か、と思った次の瞬間には、暴風が襲いかかる。


「……はーい。ストップ」


 それを、イザベル先生はいとも簡単に止めた。


「うーん、神力はちゃんと発動しているみたいなんだけどねえ」


 そう言って先生は苦笑を浮かべつつ、部屋の惨状を見ている。

 先生が止めてくれたお陰で、部屋は半壊……とまではいっていない。

 物が散乱した程度だ。

 私が訓練した後にしては、随分マシ。

 けれども先生の教えを受けているにもかかわらず、相変わらずの暴走っぷりに泣けてきそうだ。


「どうしてでしょう……?」


「発動したからには力の流れには問題ないし、力も不足している訳ではない……むしろ、逆? クレアさんの神力が大き過ぎるのかしら?」


 先生は私を眺めながら、まるで自分の頭の中を整理するようにブツブツと呟いている。

 口を挟むことができないその真剣さに、私はじっと伺うように見つめていた。


「……ああ、ごめんなさいね。大分神力を使ったでしょうから、今日の訓練は終わり。次までにクレアさんの練習方法を考えておくわ」


「ご迷惑をおかけしてしまって、すいません……」


「全然迷惑じゃないから、気にしないのよ」


 それから私は先生に手伝ってもらって室内を片付けると、誘われるがままに先生の執務室を訪れた。


「やっぱり聖地巡礼前だと、学園内の様子が妙に慌ただしくなるわよねー。聖地巡礼さえ終われば、もう少しゆっくり演習場を借りられると思うから、次回は基礎の部分により時間を割きましょうか」


 先生はそう呟きつつ、私にお茶を出してくれた。

 花の香りが僅かに鼻を擽るそのお茶に、ホッと肩の力が抜けたような心地がする。


「聖地巡礼の前で学園内の雰囲気が妙に浮き足立っているというのは理解できますけど、なんで演習場の予約まで混み合っているのでしょうか?」


「あら? 誰かから聞いていない? 今まで、宣託を授かっていなかった生徒も皆、聖地巡礼で宣託されることを」


「それは……聞いていますけど」


「つまりね、まだ宣託を受けていない生徒からしたら、聖地巡礼は大勝負な訳よ。どんな神様が自身に宣託を授けてくださるかっていうね。だから居ても立っても居られなくて、直前で訓練をする人が増える、というわけ」


 直前に詰め込んでも、あまり意味がないのでは……と内心疑問に思ったけれど、その言葉を飲み込む。

 日々の訓練で飛躍的に実力が伸びることはない。

 もし飛躍的に伸びる方法があるのであれば、私はこんなに苦労していなかっただろう。


 でも、直前に修練をする気持ちも分からなくはない。

 あのレベッカの張り詰めた表情を思えば、この行事がどれほど重要なのか、理解はできずとも察することはできるから。


「……それにしても、毎年学内の雰囲気がお祭り騒ぎになるんですか?」


 私の唐突な話題の変更に、イザベル先生は訝しむことなく微笑む。


「いいえ、今年は特別。三貴神が正式に着任するからね。例年よりも大分盛り上がってるいる気がするわ」


「ああ……そういうことですね」


 三貴神だけは特殊で、必ず聖地巡礼のタイミングで宣託を授かる。

 三柱揃って次代に引き継ぐことは前例がない……ということは、アビーから聞いた話だ。

 だからこそ、いつもと違う……まるでお祭り騒ぎのような学園内のこの雰囲気にも納得できた。


「ヘレン様もこれで聖女に就任するから、学園だけでなくフィルメロ教本部も随分ゴタついるのよ」


 『聖女』とは、フィルメロ教で最も尊い神とされている太陽神フレイア様を憑依する神官のことを指す。

 三貴神は別格の力を持つとされているけれど、その中でもフレイア様は更に強力な力を持っている。

 あまりに強力なために、初代を除く歴代の聖女たちは完璧にフレイア様をその身に憑依させることができなかったと言われているほどだ。


「話は変わるけど、この前の魔物が例年よりも多く発生している件……」


 ぼんやりと考え事に意識を集中していたところで、イザベル先生から話題を振られた。

 どこか言葉を探すような言い方に、少しだけ嫌な予感がする。


「何か進展はありましたか?」


「いいえ、残念ながら。引き続き調査中、というところね。ただ、少し気になることがあって。魔物の発現率の増加との因果関係は確かなものではないのだけど……」


「何があったんですか?」


「世界各地で、邪神を真なる神として崇める組織が活動しているようなの。フィルメロ教本部は『眉唾物だ』と、未だ本腰を入れてその組織を調べるつもりがないみたいで、中々調べが進まないのよ」


「その規模や活動内容は不明のまま、ということですか?」


「ええ、残念ながら。……そういえば、クレアさんは最近まで学園の外にいたわよね。何か心当たりはない? 正直、今は少しでも情報が欲しいのよ」


 随分突っ込んだところまで話してくれるなと思っていたけれども、この質問をしたかったからだったのかと、妙に納得した。

 イザベル先生は聖職者として顔が売れていて聞き込みには向かないだろうし、何よりその多忙さ故に中々調査にばかり時間が割けないのだろう。

 かといって、他の学園の教師や生徒たちは基本学園の外には出ない。

 その点、私はつい最近まで学園の外にいたし、何よりフィルメロ教の神官よりも一般市民の方が詳しい情報があれば……ということだろう。


「私は田舎の村出身なので……。村人は毎日祈りを捧げに、村唯一の教会を訪れるほど敬虔な信者ばかりでしたし」


「……そう。ごめんなさいね、変なことを聞いて」


「いえ、こちらこそお役に立てずに申し訳ありません。それにしても、邪神を崇める組織……ですか。今までフィルメロ教と衝突するような事件はなかったのですか?」


「今のところは全く。私も、噂程度で聞いただけなのよ。教会本部の支援が受けられない状態で調査が難航しているから、藁にもすがるような思いで聞いたというのが正直なところ」


 あまり、聞きたくなかった状況だな……と内心息を吐く。

 とはいえ、一生徒の私ができることは何もない。

 村にいた時に何か伝え聞いていれば話は別だろうが、この学園に入ってしまえばイザベル先生以上に外の世界の情報に疎くなるのだから。


「愚痴めいたことを聞かせてしまってごめんなさいね。次の訓練だけど、私は少し指令で学園を不在にするから、聖地巡礼の後になるわ」


「承知しました。これ、ご馳走様でした」


 私は空になったカップを先生に返してから、部屋を出た。


 ……それにしても、と再び内心息を吐く。

 どうやら想像以上に、フィルメロ教上層部は保守的なようだ。

 未だ、魔物の増加を認めていない上にその調査も進んでいない。

 オマケに、不穏な組織。

 対応が後手後手に回っているとは、側から聞いているだけの私ですら分かる。

 何もしなくとも国を越えて発言力を有するフィルメロ教やこのルロアド王国からしたら、現状維持が一番楽で良いのだろうけれども……。


 魔物の増加が一過性のものならば、良い。

 けれども、もしそうでないのだとしたら……?

 それが、怖い。

 私の家族も、全く関係ない話ではないのだ。

 何せ、あの村の近くには神官も騎士も常駐していない。

 魔物に襲われたら、被害は甚大だろう。

 早く、卒業して私が村に行ければ良いのだけれども……。


 そんなことを考えながら歩いていたら、レベッカの姿を見かけた。どうやらフェリシテ先生と話していたらしい。

 私が通りがかるタイミングで丁度話が終わったのか、先生と別れた彼女と目が合う。


「レベッカも、実技の訓練に?」


「え? え、ええ……」


 少し表情に陰りを見せる彼女の様子に、心配になる。


「大丈夫? 聖地巡礼のために、無理をしていない?」


「そんなこと、ないわ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


「ううん。何か悩みがあるなら聞くよ? 私、レベッカにはいつも助けてもらってばかりだもん。話を聞くぐらいしかできないかもしれないけど、レベッカの役に立ちたいの」


 この学園に来たばかりで右も左も分からなかった頃、一番に親身になって話を聞いてくれた存在――それが、レベッカだ。

 私にとって、大切な……とても大切な親友。

 だからこそ、レベッカの様子がおかしいのに何も役に立てない今の状態が歯がゆい。


「クレアは、どうしてそんなに頑張れるの?」


「え?」


「いつも前向きに苦手な実技にも取り組むから、偉いなって」


「前向きかどうかは分からないけど、実技を頑張らないと進級も危ういからねえ……」


 思わず乾いた笑みが漏れる。

 レベッカは、私のその返答にクスリと小さく笑った。


「……あんまり、考えないようにしているよ。考えても考えても答えが出ないことだったり、嫌な方に考えが向いてしまうときは、目の前のことだけに集中する。じゃないと私は、うじうじ悩むばかりだから」


 私の答えが意外だったのか、レベッカは驚いたように目を丸くする。


「……あまり、クレアは悩まないのかと思っていたわ」


「それ、私が何も考えていない鈍感さんってこと?」


 ジトリとレベッカを睨みつつも、あえて戯けたように言ったら、慌てたようにレベッカが首を振る。

 先ほどまでの硬い雰囲気から、少しだけいつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。


「そうじゃないわ。良い意味で、よ。あまり悩みに囚われることはなさそうだなと」


「人間なんだから悩むこともあるよ。むしろ私、一度悩んだら拗らせて、くよくよ考えちゃうタイプかな」


「そうなんだ……」


「レベッカは、何をそんなに悩んでいるの?」


「……やっぱり聖地巡礼を前にして、少し緊張しているの。どんな神の宣託を授かるのか、ちゃんと宣託を授かることができるのかって」


「レベッカ以上に、私の方が宣託を授かれるか怪しいと思うけ。……でも、そっか。だから、レベッカも演習場にいたの?」


「ええ。せめて自分の力を少しでも磨いておこうと思って。こんな間近に、無駄な足掻きかもしれないけれどね」


「……レベッカは、凄いね」


「凄い? 私の悩みなんて、クレアからしたら『考えても仕方のないこと』なんじゃないの? なのに、私はうじうじ悩んで……」


「考え方とか価値観なんて、人それぞれでしょう。それだけレベッカにとって聖地巡礼は重要な行事で、どの神の宣託を受けるかが大切で、だからこそ不安なんでしょう? 悩んでいるのは、その不安から目を逸らさないようにしているってことだと私は思うな。逃げずに考え抜くことは、凄いことだと私は思うよ」


 レベッカの言う通り、私だったら『考えても仕方のないこと』だと切り捨てる。

 けれどもそれは私にとって、そもそも神官になるということからして悩むほど熱意を傾けるものではない、ということが大きな理由だ。

 そして、もう一つ。

 一度悩みだしたら悩みに囚われて、そればかりを考えてしまうという自身の悪癖を理解しているからこそ、あえて考えないようにしているというのも理由。

 それが、悪いことばかりではないとは思う。

 実際、考えても仕方がないことなんて世の中にはごまんとあるわけだし。

 けれども、考えることから目を背けないで、考えて考え抜いた末に行動することには価値があるとも思う。


「そう、かしら?」


「うん、そう思う。レベッカは凄いよ。私は、そんなレベッカのことを尊敬しているよ」


「……ありがとう」


 ふわり、花が綻ぶような柔らかな笑みをレベッカは浮かべた。

 そんなレベッカの反応が嬉しくて、私も笑みを深める。

 そのタイミングで、ぐううと私のお腹の音が鳴り響く。


「今日のお夕飯は何かな? 訓練で、お腹空いちゃった!」


 恥はかき捨てと、私は思いっきり叫んだ。


「ふふ、クレアの好きなものだと良いわね」


「私は、今なら何でも美味しく食べられる自信があるから、何でも良いや。それより、レベッカが食べやすいものだと良いんだけど」


「え……?」


「レベッカ、最近ちゃんと食べてなかったでしょう? 今日はちゃんと食べようね。よく食べて、よく寝る! じゃないと、大事なときにレベッカの実力がちゃんと発揮できないよ?」


「……そう、ね。ちゃんと今日から食べるわ」


 レベッカの言葉に、私は笑顔で応える。


「よし! それなら、さっさと寮に帰ろう!」


 そして私たちは、寮まで早歩きで帰ったのだった。

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