第二十二話 友人の心配
試験も終わり、漸く日常に戻るかと思われた頃。
今度は聖地巡礼とやらで、再び学園の空気は慌ただしいそれになっていた。
皆の意識がその行事に向いてくれたおかげで、有難いことに私への嫌がらせは減っている。
このままあの試験結果は忘れてくれないかなあと、淡い期待を抱いてしまうほどに。
「……ごめんなさい。ちょっと、先に失礼するわ」
いつもの三人で食堂に夕食を食べに行ったある日。
レベッカは夕食を残して、立ち上がる。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
私の言葉に、レベッカは困ったように微笑む。
「ええ、大丈夫よ。心配をかけてごめんなさい……少し、疲れているだけだから」
「そう? ゆっくり休んでね」
私はレベッカの背を見送った。
「……心配だなあ」
ポツリと呟けば、アビーも「確かに」と呟きつつ頷く。
「あの様子から察するに、あんまり眠れてないんじゃないかな」
「その言い方、何か心当たりがあるみたいだね」
「お! クレアにしては鋭いじゃん」
「まるでいつもは鈍感みたいじゃない」
ジロリとアビーを睨めば、彼女は苦笑いを浮かべていた。
「あはは。ま、それはさておき。あくまでこれは想像だけど……ほら、あともう少しで聖地巡礼でしょう?」
「ええ」
「クレアは神が宣託するのはいつか、知っている?」
何だか妙に話が飛ぶなと思いつつ、授業で習ったことを頭に思い浮かべる。
「確か二つあって、一つは学園の祭壇で祈りを捧げている時。もう一つは、聖地巡礼の時。基本的には、聖地巡礼で訪れた神官の中から神は憑依する相手を選ぶけれども、稀に余程気に入った神官がいたら祭壇で祈っている間に宣託する……だったっけ」
宣託とは、要は神との契約。
神が一人の神官に対して憑依させることを許すことであり、神官は宣託がなされた後より憑依させることができるようになる。
「流石、学年一位。……有り体に言っちゃえば、神様って気まぐれだからさ。自分のお気に入りを見つけたらすぐにでも唾をつけておかなきゃって動くけど、そうじゃなければ聖地巡礼の時に自身が地上に降りるために神官を選ぶわけよ。だから何かと仰々しい儀式をするこの学園も、宣託については三貴神以外は特に定めがないわけ。こっちがいくら準備したところで、神様の気が乗らなきゃ成功しないから」
「うん、それは分かるけど……それと、レベッカの体調と何が関係あるの?」
「レベッカは未だ宣託を受けていないの。だから、次の聖地巡礼でどの神から宣託されるか……そもそも宣託して貰えるのか心配しているんでしょう」
聖地巡礼は、私たちの学年から参加が許される……つまりレベッカも今回が初参加という訳だ。
「今から、そんな心配を?」
「そりゃあね。どの神から宣託を受けるかで、進路の選択の幅は変わってくるもん」
「でも、レベッカはまだ進路を決めていないんだよ? それなのにあんなに顔色が悪くなるほど眠れなくなるなんて、腑に落ちない。プレッシャーを感じる何かがない限り……あ」
「そういうこと。まあ多分、実家の圧力が凄いんじゃない?」
「はー……神官の名家というのも、大変なのね」
思わず溜息を吐いた。
そういった後ろ盾のない自分も苦労をしているけれど、ある人はある人で大変な思いをしているというわけか。
「レベッカの実家クラスになると、そりゃね」
「そんなにレベッカの家って凄いの?」
「あー……クレアは知らないか。レベッカのお母様って、リューニュ家の出だよ。少なくとも御三家と誼を結べるほどには、レベッカの実家――メール家は名家なわけですよ」
「へー……。あれ? つまり、レベッカとケリー様って従姉妹?」
「そういうこと」
「それはレベッカも大変だね。……というかさ、アビー」
「ん?」
「その情報って、一般的に出回っているものなの?」
もしそうなら、もっとレベッカに対するクラスメイトの扱いは変わってきそうな気がして、思わず質問する。
「大々的に婚姻がなされた訳じゃないけど隠してもないから、少し調べればねー」
「……つまり、わざわざ調べたと。アビーのその情報に対する熱意ってどこからくるの?」
アビーは情報通だ。
どこから、どうやって、いつの間にそんな情報を知ったんだ? という疑問が湧くぐらいに。
「乙女の好奇心という名の羽は、中々休まることを知らなくてね」
ふふん、と自慢げな表情を浮かべて胸を張っていたアビーに、私は思わず苦笑を向けていた。




