第二十話 夜の散歩
教室を出てイザベル先生に会いに行ったけれども、結局先生には会えなかった。
別の先生に尋ねたところ、何でも魔物退治のために再び学園を一時離れたのだとか。
本当に、多忙な方だ。
……別に急ぐほどの用事はないけど。
「……クレアさん、ちょっと良いかしら?」
後ろから声をかけられて振り返れば、そこにはキャメロンさんとクラスメイトの面々。
……決して良い呼び出しではないことは、彼女たちから発せられる敵意ですぐに分かる。
とはいえ、付いて行かなければ後が怖い……。
大人しく付いて行くと、そこは見事に人気のない場所。
「最近、貴女の態度は目に余るわ。学科ができるからと言って、調子に乗らないことよ」
「そうよ、三貴神の方々に声をかけられたからと言って、良い気にならないことね」
完全な言いがかりだ。
けれど、彼女たちの勢いが凄すぎて言い返す間もない。
黙っていると、ますます彼女たちの勢いは増していき、聞くに耐えないような罵詈雑言の嵐が私に襲い掛かる。
そうこうしているうちに誰かが助力を使ったのか、何もないところに水が現れて、頭からそれをかぶせられる。
「分相応という言葉を、よくよく学ぶことね」
満足したのか、キャメロンさんはそう言い捨てると去って行った。
濡れ鼠のような状態で、トボトボと寮に帰る。
幸いにも誰にも会わず自室に戻れたので、私はすぐに着替える。
……何だか、疲れた。
夕飯を食べる気にもならず、私はそのまま自室でぼうっと座り込む。
……どれぐらい、そうしていたのだろうか。
気がつけば空は夜の帳に覆われ、星々が彩るほどに時が経過していた。
……村で見たそれと変わらない、美しい景色。
こうして夜空を見上げて外の世界へ思いを馳せていたのは、ついこの前のことのはずなのに……何だか随分と昔のことのように感じる。
衝動的に、私は部屋を出た。
窓から見える空ではなく、広々としたそれをしっかりとこの目に映したくて。
消灯時間後の出歩きは、禁じられている。
けれど私は、そんなこと知ったこっちゃないと衝動のままに寮から出て、そのまま人気のない場所に向かった。
皮肉にも、さっきキャメロンさんたちに呼び出された場所は人通りもなく遮蔽物も全くない、星空鑑賞にはもってこいの場所だ。
「……綺麗」
私は空を眺め、暫くその光景に浸る。
まるで、世界に私一人だけのような静寂。
暗闇の中、月と星だけが輝いている。
村で見た夜空と、同じそれ。
美しくて、懐かしくて……妙に、切なくなる。
……郷愁にも似た、そんな思い。
ふと村や前世の故郷に思いを馳せていたら、自然と私の手足が動く。
神楽舞――前世で親に叩き込まれた踊り。
慣れ親しむどころではなく、息をするのと同じくらい体に染み付いた動き。
生まれ変わった後も、つい習慣で一人踊っていたせいか、自然と体が動いていた。
舞い終わると、パチパチと拍手の音が耳に入る。
「ごめんね、盗み見るような真似をしちゃって」
苦笑いと共に現れた拍手の主は、三貴神の一人、セラフィーナ・テラ様だった。




