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【澪亜】見習い聖女の憂鬱  作者: 澪亜【N-Star】
第一章 平穏な幸せ
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第一話 村と私

 今干したばかりの洗濯物が、風に揺られている。


「……ふうっ」


 一仕事を終えて満足した私は、背景の青空と木々の緑によく映える真白のそれらを眺めていた。


「クレアー! 洗濯が終わったなら、畑の野菜採ってきてー!」


 家の窓から顔を出しつつ、お母さんが次の仕事を私に言いつける。


「はーい!」


 私も同じように大きな声で返事をすると、洗濯籠を家の側に置いて、代わりに収穫用の籠を持って畑へと向かった。

 空を見れば、透き通るような綺麗な蒼い空。

 そして周りを見渡せば、太陽の光に照らされて輝く新緑の森。

 ……今日も今日とて、穏やかで良い日だ。

 ここは、ルロアド王国という国の端に位置する村。

 村の周りを森が囲んでいて、一番近くの街に行くにも三日近く歩かなければならない田舎の村だ。

 そんな訳で、村では自給自足が基本。

 多少不便さを感じることもあるけれど……その代わり、村人同士は親戚同然の親しい付き合いがあって、毎日がとても穏やかで楽しい。

 ……かつての暮らしとは随分違うな……と偶に思う。

 けれども私は、この暮らしを気に入っている。

 とは言っても、私はこの村から出たことは一度たりともない。

 生まれた時からここにいて、この村以外の景色を知らない。

 ……けれども、私には前世の知識があった。

 いわゆる輪廻転生……死んだ後に新たな生を得るという体験をしたのだ。

 かつての名は、鹿林花梨(しかばやしかりん)

 日本という国で生まれて死んだ、女性だった。

 ……鹿林花梨としての意識がハッキリとした時には、随分と驚いた。

 私は、あの時……死んだ筈なのに、と。

 それなのに目が覚めて、その上視界に映るのは見たこともない景色と人。

 一体どうなったんだろうか、と起き上がろうとしたら……起き上がれず、ただ手足をばたつかせることしかできない始末。

 けれどもおかげでその時、気がついた。

 自分の手足が、赤子のそれぐらいに小さくなっていることに。

 それから、『やはり、あの時私は死んだのだ』と悟ることに、そう時間はかからなかった。

 そして、鹿林花梨の魂は地球以外の別の世界に転生したらしいということを、認めることも。


 私は家の裏手にある畑に辿り着き、見事に育った野菜を数種類収穫する。

 地球では見たことのない野菜も中にはあったが、流石に十五年もこの世界にいるので随分と慣れたものだ。

 私は収穫した野菜たちを、籠に入れる。

 そっと、トマトに似た赤い野菜に視線を移した。

 ……鹿林花梨として私が最期に見た景色は、暗闇の中に燃え盛る炎。

 あの日、私は家族と共に出かけていて、父親の運転する車で家に帰るところだった。

 鹿林家は、由緒正しき神社の神主を代々務める家。

 そして私は、その鹿林家の唯一の跡取りだった。

 そのせいで、小さな頃からお父様の後を継ぐべく作法や神事について学ぶことを課されていた。

 時折、息苦しいほどに不自由さを感じる日々。

 将来が決められていることへの、嫌気。

 そんな不満は、日に日に積もっていた。

 あの日も本当は友だちとの約束があったのに、突然父親の言いつけで半ば強制されて共に出かけることになってしまったのだ。

 当然、私は納得できなかった。

 そしてそれが引き金となって、その日、ついに不満が爆発した。


『こんな家に、生まれてこなければ良かった……!』


 口論の末に、つい勢いで父親と母親に言ってしまった言葉。

 ……あの時の、父と母の顔は忘れられない。

 二人はそれ以上何も言わず、私もまた何も言えなくなった。

 そして、車内には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 それでも車は順調に帰路を進み、街と街を繋ぐ山道に差し掛かる。

 段々と時が経つにつれて怒りが収まって、代わりに、酷いことを言ってしまったという罪悪感に押し潰されそうになった頃……急に車が揺れた。

 突然、ブレーキが効かなくなったようだった。

 父は必死にハンドルを操作していたが……ガードレールにぶつかり、そのまま真っ逆さまに崖から落ちてしまったのだ。

 耳をつんざくような轟音。衝撃と浮遊感。そして、痛覚。

 気がついたら、私は車内から弾き飛ばされていたらしく、草むらに転がっていた。

 痛みを感じないところは体のどこにもなく、息をすることすら苦しい状態だった。

 ……その痛覚に苛まれながら、私は父親と母親を探した。

 二人が無事だったのか、知りたくて。

 そしてそれと同時に、謝りたいと。

 ……あの時、既に私は悟っていたのだと思う。

 もう、自分は長くは保たないのだろうと。

 だからこそ、あんな酷い言葉が二人に向けた最期の言葉ということだけは嫌だと。

 ……本当は、二人のことが大好きだったから。

 そう思っていたのに……結局謝ることができないまま、私は生を終えてしまったのだ。

 それ故に、時折……かつての父母が頭の中に思い浮かんでは、伝えるべき言葉を伝えらなかったという悔恨の念が、私を苛む。


「ただいま、お母さん。ご注文通り、お野菜を収穫してきたよ」


 今しがた収穫した野菜を、籠ごと差し出す。

 お母さんは日焼けをしない体質らしく、籠を受け取る手も透き通るような白い肌だった。

 可愛らしい顔つきで、今も柔らかな笑みを浮かべていた。


「クレア、ありがとう。……どうしてかしらね、やっぱりクレアが育てた野菜は他の皆の育てたものより大きいわよね」


「んー、そうかな?」


「そうよー! ホラ、このトゥマンとか見て! 明らかに他のより大きいのが混じっているわ!これ、クレアが育てたのでしょう?」


 お母さんは、トマトによく似たトゥマンの一つを指差す。

 確かにその一つだけ、他のトゥマンより一回り大きい。


「どうだったかな? どれをどの苗から採ったかなんて覚えてないからなあ」


「絶対そうだと思うんだけどなー。ま、良いか。ありがとう、クレア」


「お手伝いするのは、当たり前のことだよ。じゃあ、私は機織りをしているから」


「あら、せっかくこんなに天気が良いのだから外で遊んで来れば?」


「うーん、ちょっと中途半端で止めているのが気になってて。だから、やりきっちゃいたいなって」


「そう? クレアはいつもお手伝いしてくれるとっても良い子だけど、たまには自分も楽しまなきゃダメよ」


「うん。ありがとう、お母さん」


 ……もう、あんな痛みは真っ平御免だ。

 二度と、あんな後悔をしたくない。

 前世で孝行できなかった分、今世のお父さんとお母さんにしてあげたい。

 だから、お手伝いを嫌だと思ったことは一度もなかった。

 むしろ、私は私のしたいことをしているだけという思いだ。

 私は部屋を出ると、機織り場に向かった。

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