第十八話 私と先生②
「年長者のアドバイスとして、あまり気にしないことをお勧めするわ。貴女に力があろうがなかろうが、平民の子はこの学園では過ごし辛いから」
何を分かったような口を……と言いかけて、すんでのところで口を噤んだ。
「昔、一人の天才がこの学園にいました。彼女は、親に売られるようにこの学園に入学しました。そして、この学園でメキメキと力をつけていきました。……けれども、この学園に生徒として在籍しているお嬢様がたにとって、彼女の存在は目障りなものでした。その彼女が、どんな目に遭ったか……貴女なら、想像がつくんじゃない?」
「……自分で、天才と言いますか」
「ふふふ。まあ、つまりね……貴女が神力を上手く扱えようが扱えなかろうが、この学園の生徒は『身内』以外には厳しいという訳よ。貴女が思っているよりも、ずっとね」
「……心中お察します。教会の管理を進路希望にして、心の底から良かったと思うぐらいには」
『身内』とは、代々神官を輩出する名家の出身の神官を指しているのだろう。
そしておそらく、フィルメロ教上層部に食い込む立ち位置にいるイザベル先生はそれだけの実力を持ちながら、今もなおその手の人たちに苦労させられているのだろうとも容易に想像がついた。
「神官という職は特殊だからね。人にない力で、他者を救う……自身の仕事に誇りを持つことは素晴らしいけれど、いかんせん、それが行き過ぎて傲慢になってしまう人が多いの。特に、名家というのは尚更そうなり易い環境だということも、嫌というほど分かるようになったわ」
イザベル先生は大きく息を吐いて、肩を落とす。
「全く……。魔物の出現率が上がって神官が一致団結しなければならない今、名家も何もないと思うのよねー……」
「……魔物の出現率が、上がっている……ですか?」
「ええ、そうよ」
軽く肯定されたけれども、その内容に今度は私の方が重い溜め息を吐く。
そんな重要なこと、こんな一生徒に軽く言う話じゃないだろうに……と。
もしかしたら私が知らないだけで、周知の事実なのだろうか?
「フィルメロ教は認めたがらないけれどもね。事実、ここ数年で魔物は劇的に増えているわ」
「……何故、魔物が増えているのだと?」
「フィルメロ教が保管している資料も読みたい放題読めるほどには、私も権限を与えられているのよ。それを読み解けば、自ずとね。あとは、ずっと魔物を滅してきた経験則といったところかしら」
「……先生。私は先生が“何故そう思ったのか”をお聞きしたいのではなく、“何故魔物が増えたのか”をお聞きしているのですが……」
「そこまでは私にも分からないのよ。だから、仕事で学園を出る度に、魔物退治がてら各地を回って調査しているわ。今のところ、一番有力なのは“邪神の封印が解けかかっている”のではないかとは当たりをつけているけれども」
思わず、天を仰ぐ。
イザベル先生すら確信を持っていないのだ。現時点で邪神の封印が解けかけているという確たる証拠はない。
だからこそ、フィルメロ教も公にそれを認めることができないのだろう。
邪神の封印が解けかかっていると発表した後で、実はそんな事実はなかったと判明したら、人をイタズラに怯えさせるだけだ。
「……ちなみに、先生以外にも調べている方は?」
私の問いかけに、先生は黙って首を横に振った。
万が一の時のために人々に備えてもらおうとその事実を発表すれば、当然人々は混乱する。
でも、発表をしなければ混乱を招くことはない上に、上手くいけば内々で処理をすることができる可能性がある。
しかし、逆に被害が民間に及ぶほどの万が一の自体になった時には、更なる混乱が起こるだろう。
対応に、正解はないのだ。
けれども、まさかそもそも調べることすらしていないなんて!
頭ごなしに可能性を否定するのは、単なる問題の先送りだ。
「そんな重要な話、私に話して良かったんですか?」
思わず恨みがましく先生を見れば、先生は涼しい顔をして笑っていた。
「ふふふ……単なる私見だもの」
「……そうですか」
「まあ、ここまで話して分かってもらえたと思うけれど。正直、貴女の成績なら進級ぐらいはできるでしょう。希望している進路も、問題ないと思う。……でも、自分の身や身近な人を守るためには神力の扱いを覚えて損はないわ」
先生の言うことは尤もなことだ。
村と街の間で魔物が出たということは、もしかしたら今後より村の近くでも魔物が出没するかもしれない。
その時、仮に神官として赴いた私が神力を扱えなくて家族が犠牲になれば――私は自分を許すことはできないだろう。
「覚えられるものなら、覚えたいですけど……」
「ふふふ。ならば、実践あるのみね。私も付き合うから、放課後練習しましょう?」
「良いんですか?」
「やる気を出している生徒を妨げるような先生ではないと、自分では思っているのだけれども?」
「なら、よろしくお願いします」
そう言いつつ頭を下げると、イザベル先生は『よろしい!』と笑っていた。




