第十七話 私と先生①
「あら、クレアさん。日直の仕事、ご苦労様。書類はそこに置いておいて」
イザベル先生の指示通り、私は持ってきた書類を脇の棚に置く。
先生の執務机は書類の山ができていて、指定されずともそこに置くか直接渡すかの選択肢しかないけれども。
「学園生活はどう? もう慣れたかしら?」
疲れたように目頭を揉む素振りをしつつ、それでもイザベル先生は笑みを浮かべて私に問いかけてくる。
イザベル先生は学園の外にも名が知れ渡るような、一級の神官。
潜在的に豊富な神力を有し、それでいて神力に振り回されることもなく抜群のコントロールをするらしい。
その上頭も良く、まさに文武両道とは彼女のためにある言葉。
ただ、代々神官を輩出したようないわゆる“名門の出”ではなかったために、惜しくもフィルメロ教会で台頭することは難しい……とはアビーから聞いた話。
教会内で出世云々の話があるとは、存外教会も属人的な組織だな……とは、それを聞いた時の私の感想だ。
それはともかく、実際、イザベル先生は学園を留守にすることが多い。
実力のある方だからこそ、教職を担う立場にもかかわらず魔物の討伐の要請を受けることがよくあるらしいのだ。
誰からも頼りにされるイザベル先生は意外にも親しみ易い方で、こうして会った時には気さくに話し掛けてくれる。
「先生が生徒に話かけてくることなど、当たり前のことでは?」と思うことなかれ。
私は進級すら危ぶまれている問題児、かつ最近になって入学を果たしたのだ。先生たちは、明らかに私の扱いに手を焼いている。むしろ、アビーやレベッカを除く他の生徒たち同様、私のことを落ちこぼれの目障りな存在とすら思っているのではないかと思うことがあるほどに。
そんな中でも、イザベル先生は周りの目を気にしないで私に話しかけてくれる上、中々面白い話を聞かせてくれるので、私はイザベル先生のことが大好きだ。
「はい、どうにか。……幸い、良き友人もできましたので」
「ふふふ、『恵まれた』と言わない辺りに、貴女の本音が感じられるわね」
鋭い返答に、一瞬言葉が詰まった。
良き友人ができたことに、嘘偽りはない。
けれども、イザベル先生の言う通り……決して『恵まれて』はいないのだ。
アビーやレベッカという素晴らしい友人がいて何を贅沢なことを……と自分でも思うけれども、悪意の中で平然といられるほど私の心は強くない。
彼女たちという心の拠り所があっても、悪口を耳にする度に心は痛むし、自分の不甲斐なさを突きつけられれば、恥ずかしくて逃げ出したくなる。
……私にとって、この学園は牢獄だ。
確かに、素晴らしい友人を得ることができたし、無料で勉強も教えてもらえて、生活の保障だってされている。
けれども、大切な家族からは強制的に離され、閉じ込められ、そして悪意を向けられる。
私は、殊更この学園を楽しいところだと自分に言い聞かせるように、明るく振舞ってきた。
でも、いつまでも自分を誤魔化すことはできない。
誰かの悪意に晒される度に、少しずつ負の感情が私の中を蝕んでいていた。
「……意地悪な質問だったかしら?」
「ええ……とても」
取り繕えない自分が表に出た。
……ああ、ダメだ。
感情のままに言葉を口にすることは止めようと、一度目の死のときに誓ったのに。
「でも、どうしてかしら? やっと、貴女が見えた気がするわ」
イザベル先生はそう言って、苦笑されていた。




