第十六話 試験と私
アビーの言っていた通り、試験の二週間前あたりから学園内がピリピリしていた。
どこの世界も試験前の雰囲気は同じなんだなと、妙に懐かしさを感じながら、私も試験対策に勤しむ。
そうして、迎えた試験当日。
「……どうだった? 初めての学園の試験は」
「うん。まあ……多分大丈夫だと思う」
実技をカバーするほどには、点数が取れた手応えがある。
「クレアがそう感じたのであれば、きっと大丈夫ですわ」
「確かにそうだね。あーあ……せっかく試験が終わったんだし、パーっと遊びに行きたいもんだねえ」
「それは難しいわね。私たちが学園を出ることができるのは、一年に一回ですもの」
「え!? 一年に一回、学園から出られるの?」
レベッカの言葉に、私は驚いて声を上げてしまった。
この学園は、厳重に守られている。
それは、神官を手に入れようとする邪な考えを持つ輩と、瘴気という存在から生徒たちを守るために。
前者は学園の周りに騎士を配置し、常に警備をすることで。
そして後者は、学園全体に結界を張ることで。
どういう原理かは分からないが、瘴気は神力を持つものを狙いやすいとされている。
神官となった者であればそんな瘴気から身を守ることはできても、まだ力の扱いが未熟な神官見習い……学園の生徒たちにそれはまだ荷が重い。
そんな訳で、王族の住まう城よりもより強固な結界が張られているらしい……とは、アビーから聞いた噂話だ。
それはともかく、そんな厳重な警備を必要とする神官見習いを外に出す訳にはいかないと、長期の休みですら学園の敷地から外に出ることは叶わない。
だから、卒業までは家族に会えないことを覚悟していたというのに……。
「あ、外と言っても自由行動ではないわよ? 一年に一回、学園の皆でフォルナ遺跡に行くのよ。所謂、聖地巡礼というものね。そこで、憑代ができる生徒たちは神をその身に下ろして宴をするのよ。邪神封じを協力くださった神への御礼と、引き続きお力添えをお願いしますという願いを込めてね」
「ふーん……」
自由行動ができないということを聞いた時点で、その行事への関心は薄れる。
我ながら現金だと思わなくもないが。
「聖地巡礼って、先の話じゃん。私はすぐにでも出たいよー。せっかく試験から解放されたんだからさー」
アビーも横で喚いていた。
「うーん……それなら、カフェに行くのはどう? 寮のだけど、この時間ならケーキを確保できるかもしれないわよ」
「それは良いアイディア! 頭を使ったから、甘いものが食べたいもんね。きっと皆同じこと考えるだろうから、さっさと行こう!」
困ったような笑みを浮かべつつも提案されたレベッカのそれに、アビーは面白いぐらい目を輝かせている。
外に出られない代わりに、広大な学園の中には様々な店が並ぶ区画がある。
私たちは学生ながら毎月国から給料……もといお小遣いを貰っていて、そのお金で皆店を利用している。
お金持ちの家なら仕送りで十分ではないのかと思い、そのへんのことをアビーに聞いたことがあったけれども、伝統的に実家からの援助は許されていないらしい。
だから余程のことがない限り、実家からの支援はないとのことだ。
変なところで、この学園は妙に厳しい。
……まあ許されていようが許されてなかろうが、私は金銭面で実家を頼る気はさらさらないから関係ないといえば関係ないけれども。
「待って、アビー。そんなに早く歩けないわ。……クレア。ゆっくりしてたら、アビーに置いて行かれてしまうわよ?」
考え事をしていたら、いつの間にかアビーとレベッカが随分遠くにいた。
よくぞ早歩きでそこまで速く移動ができるな、と感動するほどにはアビーは速い。
「あ、待って!」
私も地面を蹴って、彼女たちと同じく早歩きでカフェへ向かった。




