2-1.メルヴィーユはいつだって暖かい
クロアとジルエールの二人は、遂にメルヴィーユへと辿り着いた。
メルヴィーユは山々や豊かな自然に囲まれ、放牧や農耕が盛んな平地である。
基本的に温暖であり、そんな気候に中てられてか、町の人間も非常に友好的だ。
特産品は採石場から採れる貴金属を加工した宝飾品。
さて、二人はまず腹ごしらえをしようと思ったが、
生憎、銭を持ち合わせていなかった。
「どうする? クロア。
稼ぐ? 拾う? 盗む?」
「こういう時は正直に言ってみるもんだ」
そう言うとクロアは、町の人に
「気立ての良い女が亭主の、食い物の店はあるか?」
と聞いて回った。
何人か聞いて多く挙がったのが、喫茶"ミラノ"という店だった。
思い立ったが吉日と、クロアは話に出た小さな店の前へ行き、店内を少し探った。
「辛気臭い顔…ポニーテール…煙草を吸う…客はまばら…」
「クロア、何ぶつぶつ言ってるの?」
「よし、決まった」
するとクロアはジルエールと打ち合わせをし、店内へ入ると
「ああ、突然申し訳ありません……
お願いがあるのですが…食事を恵んでは頂けないでしょうか…
あいにく、日銭も稼げない程困窮しておりまして…」
合わせてジルエールも
「お腹空いたよぅ…」
と、貧困にあえぐ子供の振りをして、慈悲を頂こうという算段に出た。
人の良心へと訴えかける、あらゆる世界で確かに有効な手段だ。
すると、
「おお…、何だかしらんが、とりあえず椅子に座りなよ」
と、辛気臭い顔の店主にカウンターを指された。
「こちらも生憎で悪いんだけど、出来合いのものしか作れないけど大丈夫かな」
「ええ、恵んで頂けるだけでも幸いです」
「お腹空いたよぅ…」
わかった、と店主がすぐ裏のキッチンで調理を行う中
程々にクロアが店主と会話を交わす。
店主の名前は"カエルラ"
趣味の程度に喫茶店を始めたが、思ったよりも繁盛してしまったようで、
今でこそ落ち着いたが固定客は足繁く通っているのだとか。
意外におしゃべりが好きなようで、聞いてもいないことをベラベラと
話し出してきた。
「…昔掴まった男が最低な男でね、他の女にうつつを抜かしながらも
この店の売り上げを盗んで出て行ったのさ。
やることやって、さっさと居なくなって、ホント夢の様な奴だったよ…」
酔っ払ってるんですかね?
一応、子供の振りして入ってきた人に
いきなりそんな話するかね?
そんなクロアの心情を察してか、客も一言、
「カエルラちゃん、あんまり辛気臭い話してっと、顔も辛気臭くなってくんぞー」
「うるさい、生まれつきそういう顔なんだ」
どうやら客との関係は上手くいっているらしい。
と、待っている間に料理が出来たようだ。
「いやぁ、悪かったね。
つい話が弾んでしまった、悪い癖なんだよね。
はい、これ。口に合うといいけど」
そういって出されたのは、葉物の野菜と赤、黄の彩りを添えるパプリカが
敷き詰められ、その上に鴨のローストをスライスしたものに何かのソースをかけた
その名も「出来合いサラダと鴨のロースト」
鴨ってところが、店主と何かマッチしてていいよね。
「いただきます」「いただきまーす!」
まずは一口。
「上手い…!」「あ、これ美味しい!」
野菜と鴨など外れようのない組み合わせだが、このソースがまた良い。
柑橘系の爽やかな酸味と香りが鼻を抜ける。
「これが出来合いの料理か?!」
「そうだよ、ソースくらいじゃないかな、これといった調理は」
「やばい…むっちゃ美味しい」
二人はそう言ったものの、この料理は丼物の様にがっつくものでもないので
腹が減っていると言いながら、静かに、黙々と食べた。
「…ごちそうさまでした」「ごちそうさまー」
二人は完食し、食後のコーヒーまで頂いてしまった。
さて、腹ごしらえという目的は達成した。そこでクロアは次の段階へと移る。
「…カエルラさん、ご馳走になっておいて悪いのですが
実はこの街で働き口を探してまして、何か良い話でもないでしょうか。
お金に困っていることには依然変わりないので」
「働き口ねぇ…でもまだ子供だろう。
そうなると小さい仕事くらいしかないだろうね…」
「傭兵登録してみれば良いんじゃないか?」
そう言ったのは、先程クロアの心情を察してくれた愛想の良いお父さんだった。
―――聞くに、この世界では魔力によって魔物と化した生物が存在するらしく
その討伐を主に行うための傭兵を管理する傭兵管理組織"スティルヤード"なるものが
存在するらしい。
傭兵はランクで分けられ、FからSランクまで存在し貢献度によって
ランクが上がり、ランクが上がればその分高報酬の依頼も受けられ
他国での待遇も良くなるとか。
また、個人単位で研究材料の収集や家畜の世話等様々な依頼を出すことが
出来るらしい。
実際、魔物も最近は頻出せず、こちらが主になりつつある為
登録するだけでも損は無いと言う。
「…しかも、依頼の内容によっちゃあ、労せず報酬を得られる場合もある。
とはいえ、そこは依頼主との折衝だからな」
こんな上手い話、乗らない訳が無い。
クロアの気持ちは固まった。
「ありがとう、お父さん。
それで、その傭兵登録ってのは何処に行けば出来る?」
「屋根がピンク色の趣味悪ぃ建物だ、見ればすぐ分かるさ。
ただ気を付けろよ、あそこの受付嬢も、負けず劣らず趣味悪いかんな。
…そっちの綺麗なお嬢ちゃんなんか特に」
「ぅえ、私?! 何…あっはい、りょーかい、です」
ジルエールが突然の指名に、何故かテンパってしまったが
二人の方向性は決まった。
次は、「傭兵になって日銭を稼ぐ」!
しかし、ここでカエルラが待ったをかける。
「ちょっと待って! 君たち子供でしょ?!
なのに傭兵登録なんて流石に危ないって!
まだ社会経験だって少ないのに…」
「…いや、この子たち、多分普通の子供じゃないぞ。
クロア君だったか、少なくとも、君はそうだろ?」
お父さん、そこまで分かっていたのか。
銃と剣を持ってコート着ている子供…
確かに普通じゃないな!
「…申し訳ない、カエルラさん。
金銭を持っていないのは事実でして…
必ずこの恩義は果たします。ですから、その…」
「…わかったわ、でも無理はしないでね。
大事なお客さんだもの。
そしていつか立派になったら……
―――クロア君、私を迎えに来てくれよ。…なんてな」
…あれ?
まさかとは思うが、私「男」だと思われてる?
「…善処します」
クロアには、その返事で精一杯だった。
「では、カエルラさん、お父さん、どうもありがとう御座いました。
早速、傭兵登録してみます」
「カエルさん、お父さん、ありがとー!
お腹空いたらまた来るね!」
二人は別れを言うと、早速趣味の悪い建物を探しに向かった。
「…カエルさん、だってな」
「これで三人目だよ…」