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ただ、アナスタシア王女は私が思うよりずっと、とんでもなく頑強なメンタルを持っていたようで。
「テオさま、そのような事を言われてはわたくしも傷ついてしまいますわ」
と、沈んだような声音で彼女はそんな事を言いだしたのである。
それだけを聞いたなら、それはそうだ、と僅かな同情心を抱くものだけれど、アナスタシア王女は更に言葉を続けた。
「それに、荒みたくなるお気持ちはわかりますが、他者を傷付ける言葉は口にするだけでご自身の心もまた傷付けてしまうものなのですよ?」
テオはすぐには答えなかった。
唖然としているのか、それとも違うのかはわからないけれど、カノンは重い溜息を吐いた後、
「……なるほど、テオが辟易するわけだ」
そう心の底から同情を乗せて言ったのだった。
そんなカノンの言葉が聞こえたからなのか、これまでずっと静かに口を噤んでいたリディアーヌ王女がぽつりと声を零した。
「……アナスタシア王女は、わたしくしたちを型に嵌めようとなさるのです」
「型に、ですか?」
静かに聞き返すと、リディアーヌ王女は驚いたように目を丸くしながらもこくりと頷き、眉を下げて言葉を続ける。
「はい。ご自身が思い描く通り、まるで何かの物語の登場人物のように、用意された台本をなぞるように、そうであるように――いいえ、そうである決まっている、と信じて疑っていらっしゃらないようなのです」
「だから型に嵌めようとしてくる、と」
リディアーヌ王女の言葉に思い当たるような事は、私にも覚えがある。というよりも、リフに対しての行動や言動が最もたるものだろう。
ひいてはそれは、千里眼とは違うけれども未来を知る、という事にも繋がると思うのだけれど……リディアーヌ王女も私と同じように、アナスタシア王女が演じている――物語をなぞっているように感じていることに、少しだけ引っ掛かりを感じていた。
確証こそないけど、アナスタシア王女は私と同じように前世の記憶を持った転生者だ。
そんな彼女が知ったように、演じるように、それらが正しいと信じて疑わずに振舞っているというのならば、それはつまりこの世界が――彼女にとって見知った物語の中に描かれたものであるという可能性もあるのではないだろうか、と引っ掛かりを感じたのだ。
よくあること、だと思う。前世の私はそういうのが好きだったからかもしれないけれど、ないとは言い切れない気がする。
でも仮にそうだとして、私はその物語を知らない。忘れているのか、はたまた前世の私が知らないものだったのかは分からないけれど。
ただ、いずれにしてもだからといってアナスタシア王女の行動が許される訳じゃない。
「(だって、この世界が何かの物語の中で描かれているものだって、私は確かにこの世界で生きていて、みんなも確かに生きているんだもの)」
物語のようには上手くいくわけがないし、物語の中のように定められた事だけしか起こりえないだなんて事は、きっとない。……私がそう思いたいだけなのかもしれないけれど。
「それに、テオさま」
アナスタシア王女はテオからの返答がないままにも関わらず、むしろ返答がないからこそなのかもしれないけれど、柔らかな声音でさらに言葉を続けた。
「無理に丁寧に喋らずとも良いのですよ? わたくしは知っておりますもの。そうしてジェドさまを真似ていらっしゃることが、テオさまにとってどれだけ苦しい事なのかを」
「……そのような事実はありませんが?」
「隠さなくても大丈夫です。わたくしはわかっておりますもの。テオさまがジェドさまとリディさまのことを、時に疎ましくも感じていらっしゃることも」
「――その発言、今すぐに撤回し謝罪していただけますか?」
その時、テオの声が一段と低く響いた。
一瞬にして怒気と嫌悪の滲ませた理由は、分からないはずもない。アナスタシア王女が口にした言葉は、聞き流せるようなものじゃないのだから。
例え彼女にとってそれこそが正しい事実なんだとしても、テオにとってはまったくもって身に覚えのない事柄なのだろう。テオから聞いたわけじゃないけれど、それでもジェラルド王子とリディアーヌ王女との関係が良好らしい事はうかがえているからこそ、私にはそう思えてならなかった。
「テオさま?」
「俺がジェドとリディを疎ましく思ってるなど、有り得るはずもない。彼らも、それにリュシーのことも、俺にとって敬愛する兄弟たちなのだから、僅かにでもそのような感情を抱いたことはこれまでもこれからもありません」
「だって! だってテオさまは王妃様との血の繋がりがなくて、だから王妃様を疎み疎まれてるし、ジェドさまたちとも……!」
「確かに俺は正妃である王妃様ではない母を持つ身ですが――王妃様はそんな俺のことも愛して育てて下さいました。……こんな陛下の子ではあれど血の繋がりもなくバケモノじみた体質を持っていて、父母とも異なる髪をしている奇異な子供に、あの方は微笑み掛け、抱きしめてくれたのだから」
「っ!? そんなはず……っ! テオさまはそんな育ち方なんて、」
「――いい加減、勝手にも程がある歪んだ理想像を押し付けるのはやめてくれるか?」
低く唸るようなテオの声に、思わず身が竦む。
その圧力――というよりは声だけで感じさせる覇気というべきなのかもしれないけど、腕の中に抱えるリフがただごとじゃないと怯えて隠れようともぞもぞ動き始めたくらいだ。目の前で真っ向から受け止めているであろうアナスタシア王女はどんな表情で反応を示していることだろうか。
「これまでは俺自身の事だけだったからまだ許せた。だがジェドたちや王妃様や陛下のことまでともなれば話は別だ。断固として許せるものではない」
「え……ぅ……」
「貴女に何がわかる? 貴女が何を知っている? 隣国の姫君である貴女が、俺の、この国の、何を知っているというんだ? まさか、幼少より諜報員を駆使して我が国を探っていたわけではあるまい? ――それで何故、そのような事実無根な発言が吐けるのだろうな?」
アナスタシア王女は言葉どころか声さえまとも発せないようだった。それだけテオにとって許し難かったのだろう。
かちゃりと微かな音を立てて、カップがソーサーに置かれるのがわかる。
「謝罪はもう結構だ。もっとも、兄上の信頼する侍従にさえ心無い言葉を吐ける貴女に、謝罪の言葉を口にするつもりは露ともないのだろうが。それと、竜の怒りをこれで買うかもしれないというのなら、良いだろう。……このように誰かを貶めるような言葉を口にする事の出来る〈竜巫女〉を守る竜など、程度が知れているというもの。刃を向けたところで神なる竜の怒りまでは買うまい」
「て、テオさま……」
「失礼させていただく。ああ、もちろんアナスタシア王女はゆるりとすごされると良い。学院を休まれたのだ、時間は多分にあるだろう? まあ、リディとノエルを探したいというのならば止めはしないが……既に中庭からは離れているだろうな」
音を立てながら立ち上がったテオが、なんてことはない風ながらもそこに滲む嫌悪といった色を変えることなく吐き捨てるように言う。
実際にはまだ此処にいるんだけどね。まあ、くまなく探されても困るんだけどさ。
ちら、と見遣ると両手を胸元にやり、ぎゅっと握り締めながら小さくなるリディアーヌ王女と、そんな彼女の傍らから離れないノエルくんがいる。隠れた直後の強ばった表情を浮かべていたけれど、今は幾分か落ち着いたのか僅かに緊張を緩ませて、じっと耳をそばだてているようだった。
「ま、まってくださ、」
「ラスカ。お前と厨房の者達には手数を掛けて悪いが軽食を部屋に運んでもらえるよう、頼んでもらえるか? おそらく昼は落ち着いて食事が出来るとは思えないからな」
「かしこまりました。そのように致します」
「……すまないが、頼む」
「待って! テオさま!!」
慌てたようなアナスタシア王女の呼びかけに、テオが答える事はない。
例え物音を立てながら立ち上がっても、名前をはっきりと叫ぶように口にされても、だ。聞こえない筈がないのに聞こえないかのように無視し、そのうちに足音が二つ遠ざかっていく。
きっとその二つの足音はテオと、それからティートさんのものだと思う。でも本来聞こえるべき残るひとつ、アルノーさんの足音も少し遅れて聞こえてきた。
そうしてしばらく。足音が遠ざかり静寂に包まれ、それから。
「なんでよ……」
微かにアナスタシア王女の声が聞こえた。
絞り出すような、悔しげで不満げな声からややあって、
「なんでこんな仕打ちをうけなきゃなんないのよっ!!」
怒号にも似た叫びが、静かな庭園に響き渡った。
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先週は更新が出来ず申し訳ありません。
今後も更新が遅れたり、ずれ込んだりとが発生する事があると思いますがお付き合いいただけますと嬉しいです。
22/04/21 葉桜




