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 今朝の食事のメニューは焼きたてふかふかのパンと、お肉料理と魚介料理が少量でひと皿ずつ。それとリフには味付けがほとんどされていないもの。


 それらの乗っていた空になった皿を片付けてラスカさんが運んできてくれたのは、温かな紅茶だった。

 テオの為にと準備したものは冷めてしまったから、と微笑みながら手馴れたように準備してくれると、ラスカさんは私の向かい側のソファ――の傍に佇み、


「さて、どこから話したら良いものかしら……」


 ふう、と息を吐きながら片手を頬に添えるようにして思案顔になるラスカさんに、私は首を傾げる。


「あの、座らないんですか?」

「え?」

「いえ、ずっと立っていたら疲れるだろうな、って思って」

「気遣いは嬉しいけれど、私は侍女だし……」

「それを言ったら、私はただの村娘です。さっきも言いましたけど、私相手などに侍従としての作法を徹底する必要はありませんよ?」

「……()()()()()、ではないと思うけれど?」


 と、ラスカさんがいたずらっぽく微笑む。

 その口ぶりは私がフェルメニア王家の娘であるということを知っているように思えて、どうなのかとカノンに目を遣ると、私の横に腰掛けて膝上にリフを乗せた彼はちらりと私を見遣り、


「レインから聞いてないのか?」

「何を?」

「フェルメニアは竜の血筋って」

「それは聞いてないね?!」

「治癒の能力も、竜の血からなるものだしな。そういうわけだから、スィエル程じゃないがよく見ればわかるもんなのさ」


 めちゃくちゃ初耳な情報である。

 とはいえ私もレイン兄たちに根掘り葉掘り聞くようなことはなかったし、レイン兄達も必要以上に話すことはない人たちだから、知らなくても当たり前と言えば当たり前なのだろうけれど。


 目を瞬かせるしか出来ずにいると、ラスカさんがくすくすと笑みを零しながら口を開いた。


「天狼は特に嗅ぎ分ける事が得意だから、ごく当たり前のようにわかってしまう事が多い、というのもあるんだけれどね。不愉快な思いをさせたならごめんなさい」

「不愉快とは、まったく思ってませんから気にしないでください。だって、どれだけ否定しようとしたってそれは事実に違いないんだから」

「……ありがとう、って言うべきなのか謝るべきなのか、わからないわね」


 ラスカさんがどうして困ったように眉を下げながら言ったのか、私には少しだけわからない。

 けれどもラスカさんはテーブルを挟んだ向かい側のソファにそっと腰掛け、私へと向き直ると小さく首を傾げた。


「ええっと、そうね。まずは、認識の阻害に関しての解除からかしら?」


 言いながらラスカさんが指先をちょんちょん、と動かすと、その姿が明瞭になる。

 何処かぼやけたような姿がくっきりと捉えられるようになると、そこには変わりないメイド服に身を包んだ栗色の髪に茶色の眼――ではなく、柔らかく癖のついた黒髪にライムグリーンの眼をしたどこかカノンと似た風貌の女性が座っていた。

 それまでの素朴な可愛らしさとは違う、はっきりと整った顔立ちの、けれども愛らしさを残すその女性は形の良い唇を動かしながら優しく目を細める。


「改めて挨拶をさせてもらうわね。私はラスカ、ラスカ・セレスティアル。カノンの実妹で、言うまでもなく天狼なのだけれど……今はそれらを隠して侍従として此処で働いているわ」


 よろしくね、とラスカさんはにっこりと笑う。

 その笑顔もやっぱりカノンとよく似ていて、本当に兄妹なのだということがわかる。それに美人さんだ。親しみやすい雰囲気ながらも整った顔立ちの人である。


 見蕩れるように呆けていたのは数秒。ハッと我に返ると私は慌ててよろしくお願いします、と頭を下げた。

 そんな私にラスカさんはにこにこと微笑んだまま。


「リリィ、と呼んでも?」

「はい、もちろん」

「ありがとう。私の事もラスカって呼んでもらえると嬉しいな。それと敬語もないと嬉しい。にぃだけなんてズルいもの」

「え、えと……ラスカ?」

「ふふっ、うん。ありがとう、リリィ」


 にこにこ、にこにこ。ラスカさん――もといラスカはとっても嬉しそうだ。

 嬉しそうなのは良いのだけれど。なんと言ったって目が幸せでありがたいのだけれど。……ラスカってとてもおねだり上手なのでは?


「相変わらず丸め込むのが上手いな、お前」

「人聞きの悪いことを(けむ)に巻くのが大得意なにぃが言わないで」


 ……まあ、いいか。他意は全くなさそうだし。

 涼しい顔で紅茶を飲むカノンを不満げな顔で睨むラスカを見ながら、私はふっと息を吐きながら小さな笑みを浮かべた。


「はいはい、俺が悪ぅございました。で? なんでお前はこの城でわざわざ認識阻害のまじないまで掛けて侍女をしているんだ?」

「ぜんっぜん誠意が篭ってないけどにぃにそれを期待するだけ無駄よね。……此処で働いていた理由については、恩返しというのが殆どよ」

「恩返し?」


 小首を傾げながら聞き返すと、カノンを不満げな顔を浮かべながら睨んでいたラスカが私へと振り向き、表情を緩めて頷いた。


「ノエル……リリィはレナの事を知ってる? 彼女の双子の兄弟なんだけど」

「レナの事は知っているけど、双子……!? レナって双子なの!?」

「あ、レナが双子ということも知らなかった感じかしら?」


 知らないしそもそも精霊が双子で生まれてくる事自体初耳なんだけど!?


 精霊は大自然から生じる存在で、それ故に血縁というものが存在しない。

 母のようなや父のような、といった()()()存在はいるし、そうした概念を知らないわけじゃないけれど、精霊にとっての父母は清廉な魔力と自然力なのだからそもそもとしていないのだ。

 そして誕生の際にもその自然物ひとつにつきひとつにしか生じる事がない――筈だ。


 それなのに当たり前のようにレナに双子の兄弟がいると言ったラスカに困惑していると、微かな音を立ててカップをソーサーに置いたカノンがリフを撫でながら、


「普通は有り得ないからな。それにレナも好き好んで話はしないし……ただ、あの子たちは少し普通の精霊とは違う事情があってさ。その事情によって奇跡的にひとつの事象から同時に二つが生じたとだけ把握しておけばいい」


 詳しく知りたければレナに直接聞いてみろ、とカノンは柔和な表情で私を見て告げる。

 私は困惑を隠せないまましばらくカノンを見ていたけれど、カノンはそれ以上を教えてくれるつもりはないようだし、何よりも大事なのはそのような事ではない事を思い出して落ち着きを取り戻した。


 そもそもレナが何を司る精霊なのかも知らないんだから、イレギュラー的な事情があったところでおかしくはないのだろう。それに、よくある話ではないみたいだけれど、前世の私の無駄な知識だけで推し量るならよくある話ともいえるんだからそれで良かろう。


 ふ、と息を吐きながら一度目を伏せて、それからラスカに話を促した。ラスカは気遣わしげに私を見たけどすぐに言葉を続けた。


「それで、ノエル――レナの兄弟と一緒に行動をしていたのだけれど、あの子は少し周りに敵を作りやすいというか、誤解されることを恐れないようなところがあってね」

「アイツ、レナとは見た目はそっくりな癖に似ても似つかない性格してるからなぁ……」

「ええ。おかげさまで、そのせいで何度もやっかみに巻き込まれて消耗から倒れてしまって……そんな私たちを助けてくれたのがスィエル王家のご兄弟だった、というわけなのよ」


 正直、気になる事はある。カノンが間延びしたような声で紡いだ補足じみた言葉も含めて詳しく聞きたいことはある。

 でも今大事なのは私が気になっている事なんかじゃないから、ぐっと飲み込むようにして気にしないように押し込めて私は口を開く。


「じゃあ、人里近くに降りるにあたって認識阻害の魔法は元々掛けていたんだ?」

「どうやったって性格的にノエルは目立ってしまうだろうことは分かっていたけれど、それでも元の姿のままである方がより目立つと思ったから……恩返しをしたいと思い同じくしたとなれば、尚の事ね」

「ならテオがレナを見てもカノンを見ても何も言わなかったのは、ラスカとノエルさん? の姿はテオにも私と同じように見えているからなんだね」

「テオドール王子は素直で正直な方だから、反応がなかったというのならそうなるのだと思うわ」


 効力がどこまで発揮されているかってわかりにくいのよね、と眉を下げながら笑うラスカのその言葉に嘘偽りはない。


 認識阻害の魔法は、そうしたまじないに近い魔力の動きに対しての抵抗力というか耐性が強い人にはそもそもとして効き目が薄い。

 といってもそこまで抵抗耐性の高い者というと、竜や幻獣や精霊といった上位種を除いたら妖精などといった極めて魔力の高い種くらいで、人間でそこまでの魔力を有しているとしたらそれは魔法資質が天才的な存在――妖精眼の開眼者くらいらしいのだけれど。その妖精眼の開眼者は眉唾レベルのレアな存在らしいからそうそうお目にかかれる事はない。


 少なくとも、森の周辺のまじないに気づけなかったであろうテオとアルノーさんは妖精眼を持ってはいないんだと思う。


「お前が此処にいる経緯についてはわかった。……ラスカ、お前も俺達が此処にいる経緯についてはともかく、理由はわかるな?」


 と、じっとラスカを見詰めるカノンに、ラスカはひとつしっかりと頷く。


「〈竜巫女〉を名乗るフェルメニアの第一王女と、ジェラルド王子とリディアーヌ王女に掛けられた〈黒鱗病(こくりんびょう)〉と名付けられた呪いについてでしょう?」

「うん。ラスカは呪いや呪具に関して、何か思い当たるような事とかおかしなものとかを見たことがある?」


 ラスカが侍女を自称している以上、彼女はこの城においては本当に単なる一介の侍女なのだろう。

 そんな侍女の言葉が侍従達を取りまとめる侍女頭や侍従長達を介していたとしても、国の要職を担う人達までは一切届いていないとは思わない。というよりも思いたくない。


 でも全てがそっくりそのまま届いているとも思えなくて。私に対しても侍女としての振る舞いを取ろうとしていたラスカならば尚の事、不確かな情報を報告するとは思えず尋ねると、ラスカは眉を寄せた険しい顔で口を開いた。


「私やノエルにはこの城に詰める多くの人たちよりは分かることや気付ける事が多い、って自負もあったし見過ごせないからと私達も動いていたのだけれど、確信を持てるような事は何一つ」

「……確信が得られていなくても構わない、って言ったら?」


 ふるふると首を横に振ったラスカに静かに尋ね直すと、彼女は視線を落としたまま答えた。


「目をつけている人間なら、一人いるわ」



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