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 私がアクアリアではなくリリィになったのは、ただ単に生活するに当たって不都合があったからだ。


 時に、フェルメニア王国は世界ではとても長い歴史を持つ。そしてこの世界の神様である〈神竜〉に愛され、守護されてると言われる由緒正しい国なのだ。もちろん、こうなるまではまだ座学すら学んでなかったから、母国がそんなにすごいなんて知らなかったんだけど。

 そんなすごい国のお姫様がいなくなったとなれば、どうなるか。なんて頭を悩ませるまでもないだろう。当然ながらアクアリア(わたし)を探すために、捜索隊が組まれたそうだ。

 もちろんこの時点では民にも他国にも知られるわけにはいかない、と秘密裏に組まれての捜索がされていたわけだけれど、アクアリア(わたし)が落とされた森は人はまず寄り付かない場所だった。べつにそれは物騒な噂が流れているような場所だから、などではなく、単に神聖な場所とされているが故だ。だからまあ、そうした理由も重なって捜索は形式上に近い程度しかできなかったらしい。


 さて、そんな森に落ちたアクアリア(わたし)はといえば、もちろん無事だった。

 現在の養い親により迅速に保護されていたし、捜索をしていたであろうその時にはベッドの上で安静にしていたと思う。だけどまあ、その結果というか保護されていた弊害というか、捜索隊がアクアリア(わたし)を見付けることはなかったし、彼らが早々に切り上げてしまっただなんてことになっているとも思ってもいなかった。

 そうしててすっかり傷が癒えた頃には、アクアリア(わたし)は事故で亡くなったことにされていたわけである。

 この間、数日。本来ならばこんなに早く完治するような怪我ではなかったけれど、治癒魔法をかけてもらっていたと共に煎じた薬草を摂取していたこともあって治りはとても早く、一週間も掛かってはいない。

 にも関わらず、私の捜索は一日で打ち切られ、翌日にはアクアリア第二王女は病により急死したとの布令ふれが出されたのである。

 あまりにも早すぎる展開だとは養い親たちの意見。私もそう思った。おかげで体調が落ち着き次第、私を城に返そうとしていた養い親たちが頭を抱えた。死んだとされてしまった人間を、果たして何処の馬の骨とも知らぬ人間が連れてきて信じてもらえるだろうか、と聞かれれば答えは高確率で否なのだから。しかも私は都合よく王家に伝わる装飾なりといった類は身につけてさえいなかったのだから、証明する手立てもなかったのだということも添えておく。

 ただそれでも彼らは私を本来あるべき家へと戻そうと必死に考えてくれた。亡くなっているわけでもないのに本当の家族と一緒にいられないのは寂しいから、と。その気遣いは素直にありがたいとも嬉しいとも思った。けど私はどうしても帰りたいとは言わなかった。戻れないのならば、此処で暮らしたいと申し出たのである。

 確かに、家族恋しさはあった。父も母もとても優しく、尊敬のできるような人たちであったし、日頃傍にいてくれた侍従も、こんなことになるまでに接した人たち全てが素敵な人たちだったから、なおのこと。だからといって私を助けてくれた人たちに更なる負担はかけたくなかった。それに、このまま戻っても姉に何かをされるだけなんじゃないかという不安もあったのである。正直、それが一番怖かった。

 そんな私を、優しい養い親たちは何か言いたげな表情はしても何も言わずに受け入れてくれた。多分、私の不安なんてお見通しだったんだろう。

 しかしながら、私が亡き第二王女の名前をこのまま名乗り続けることは問題が起きかねない。たとえ実際には死んでもいないし、それどころか本人だったとしてもだ。


 かくして、アクアリア(わたし)リリィ(わたし)に――リリィ・クーリエなった。



「リリィはどうしてこうも行き倒れと遭遇するんだろうなぁ……」


 目の前にはベッドにそっと寝かせられた、ひどく汚れていた青年。とはいっても寝かせる前に濡れタオルで可能な限り清潔にはされているし、身に付けていた汚れた衣服も脱がされ、質素なシャツとズボン姿に変えられてはいるけれど。

 そこまでの世話をしたのは、ベッドの傍らに立ち、布団をそっとかけ直してやりながらため息をついた青年である。

 空を思わせる柔らかそうな蒼の短髪に、煌くような金色の瞳。長い手足を包む衣装は質素で決して身分は高く見えないのに、どこか品のようなものを感じるのは立ち居振舞いのせいか。そんな一目見て顔立ちが整っているわかるとても綺麗なこの青年こそが、私の養い親の一人であり、養父と呼べる人物だ。


「なにそのいっつも見つけてくるみたいな言い方。だいたい、私だって見付けたくて見つけてる訳じゃないよ」

「うんまあ、そうなんだろうけれど」

「それに、こればかりはレイン兄の方が酷いでしょ。何回、犬猫拾ってきてると思ってるの?」

「えぇっ? 人間と犬猫は比較対象にならないと思うんだよなぁ」


 困ったように眉を下げて顔を傾ける。合間から僅かに見えたピアスが、さらりと溢れる髪と共に揺れた。

 彼はレインディル・クーリエ。

 繰り返すけど、私にとって養父――つまり父親のようなひとだ。ただ、養父と言っても見た目は二十代前半くらいのお兄さんにしか見えない。実際には気が遠くなるほどの年月はゆうに生きているそうだから、決してお兄さんとは言えない年齢なのだけれど、少なくとも私にはお父さんと呼ぶ勇気もなければ気にもならなかった。前世の知識を借りて言い表すと、イケメンなのだ。そんな人を果たしてお父さんと呼べるだろうか。少なくとも前世の記憶のある今の私には無理だった。本人としてはそう呼ばれてもおかしくないから、と呼び方に関してどうこう言ってきたことはないけれど、私はレイン兄と呼んでいる。

 長い年月を生きながらも老いた様子がないことからもわかるように、レイン兄は人間ではない。とはいっても、この世界には少ないながらにそうした種族がいるから、隣人が老いる様子が見られないだなんてことも珍しいことではなく、決してバケモノの類いのような扱いをされるわけでもない。ただの人間はだいたい八十年ほどで老衰するけれど、少しでも人間以外の血を宿そうものなら多少なりとも寿命が長くなる。そうした人達がごく当たり前に存在するこの世界なのだから、今更そんなことを気にする者はほとんどいないのだ。それでもまあ、国や地域によっては好まれないらしいのだけれど、そうしたものも極々限られている。


 まあようするに、この世界には不老不死に近いような存在がゴロゴロしているというだけのことなのである。そしてレイン兄はその不老不死に近い存在なのだ。


「比較対象になろうがならまいが、レイン兄のそれは度が過ぎてるの。お人好しの平和主義も大概にしないと、そのうち何か変なことに巻き込まれるよ?」

「それは……自覚があるというか、そもそもこんなことになってるのは大体そのせいというか……ああ、いや。違うんだよ、そんなことよりもだ」


 両手を腰にあてがって眉をつり上げた私から顔を背けて、レイン兄がぼそりと呟く。

 私は簡単な話でしか聞いてないけれど、レイン兄たちは今の外見相応の年齢の頃、いろいろなことがあったらしい。詳しくは知らなかったんだけど、なるほどレイン兄のお人好しは昔からなのか。まあ、そういう人だからこそ私もこうして元気に生活できてるわけなんだけど。

 そんなことを考えていると、レイン兄は視線をベッドで眠る青年へと向けた。


「リリィ、彼はおそらく……」


 そこで言葉は切れる。続く言葉はサイドテーブルに置かれた荷物と立てかけられた剣、そして今は洗濯されているだろう衣服が示していた。


 青年を見つけた後、子竜――リフが連れてきたのはレイン兄だった。

 レイン兄は急かすリフに促されるまま家を飛び出して駆けつけたようだったが、倒れる青年を見ると大体の事情を察したらしく、直ぐに抱えて運んでくれた。けど、薄汚れた外套に隠れた衣装を見ると、僅かに眉を顰めたのだ。

 青年が身に纏っていたのは誰が見てもわかるくらい上質な素材を使った衣服――つまり上流階級の人間が着るような高価なものだったのであり、そしてよく見れば携えていた剣もまた、控えめながらも装飾の施されたものだったのである。


「わかってる。私は平気だけど…………レイン兄が気になるなら追い出す?」

「いや。リリィが構わないなら、それでいいんだ」


 小さく微笑んで、レイン兄はそれ以上何も言わなかった。


 繰り返すようだけれど、アクアリア(わたし)は死んだ人間だ。だからこそ、出来るだけ貴族との顔を合わせるのは避けるべきなのである。私は知らなくても誰がアクアリアを知っているのか、分からないからだ。

 もちろん、今の私はリリィなのだから、他人の空似を押し通すことも出来なくはないだろう。けれども、私を見てアクアリアを思い出した人間が、その人が決して善良とは言い難い人だったなら、私をどう扱うかなんてわかったもんじゃない。

 だから、私は森の奥であることには変わらないながらもレイン兄たちに連れられて私が突き落とされた森から離れ、国外へは出ている。貴族と関わるなんて平民として生活していればまず有り得ないし、その上で国から離れることが一番の安全策だったのだ。


 私を気遣ってくれるレイン兄だが、レイン兄たちもまた……というよりも、そもそもとして貴族に関わることを避けている。それは決して罪をおかしたからなどではなく、彼等が“権力の有する者へと深く関わるべきではない存在”だからだ。それなのに私をこうして育ててくれているレイン兄たちには頭が上がらないのだけれど。見付けたときに私がやんごとない人間だってわかっていたはずだし、その後少なからず一悶着あるだろうことは察していただろうから。……結果としては死者扱いになっただけで。


 この人を拾ったことに後悔はない。きっとそれはレイン兄も同じはずだ。行き倒れの末路なんて基本的にはろくなもんじゃないし、ましてこの森は普通ならば踏み入れれば最後、延々と迷うようないわくつきの森だ。

 そんな場所に倒れていた善良な人間(・・・・・)を見捨てられるわけがないし、超がつくほどお人好しのレイン兄から教えられた覚えはない。ただ、レイン兄たちが嫌だと言うのならば、安全は確保した上で回復薬と共に放ることだって選べる、それだけのこと。

 今回はレイン兄もこの人を放り出したいと考えてはいないみたいだから、それはないのだけれど。


「レイン兄たちは貴族は嫌いなんじゃないの?」

「うん? 一概にそうとは言えないよ。貴族の誰もが悪事を働こうとするもの、というわけでもないし……まあ、関わりは持たない方が良いとは思うけど、完全に世捨て人になるつもりもないからね。リリィとグレンには、ちゃんと普通の繋がりを持っていてほしいし」

「まーた自分よりも私たちを優先するー」

「一応だとしても俺は君たちの親だから、そりゃあね」


 ふふふ、と綺麗に笑うレイン兄は、ちらりと未だ眠る青年を見ると、さて、と話題を変えて言葉を切り出した。


「そろそろ昼時だな。昼食の用意をするから、目覚めたら一緒にリビングにおいで」


 誰と、なんて問うまでもなく青年とだ。

 世話好きでお人好しの養父は、彼の分まで昼食を準備するつもりらしい。破格の待遇だ。というかいくら彼が危険のない人間だとはいえ、私を青年と二人きりにするなんてどういう了見なのかと思わなくはないが、まあ大丈夫と判断しているのだろう。

 レイン兄が静かに部屋を後にしてしまうと、手持ち無沙汰だ。何をして時間を潰そうかと考えながら、ベッドサイドにある椅子に腰掛けると、丁度そのとき小さく呻くような声が聞こえて来た。

 見ると、眠っていた青年が緩く瞼を持ち上げて、ぼんやりと天井を見詰めていた。寝覚めでまだぼんやりしているらしい。


「おはよう」


 少し間を置いて、ぼんやりする青年に声をかける。

 彼は直ぐに寝たままながらも此方を見た。とても綺麗な紫水晶アメジストの双眸は、最初こそ焦点が合ってるかもわからないくらいぼんやりと向けられていたけど、見る見る内に強張り、見開かれて――飛び起きた。


「――いってえっ!?」


 が、すぐにベッドに倒れた。

 悲痛なその叫びは、きっと調理中のレイン兄にも聞こえたことだろう。下手すると外にも聞こえていたかもしれないけど、気に留める人間はいないはずだ。

 さてさて、叫び声を上げた青年であるが、悶えながらベッドに沈んでいる。そりゃそーよね。


「目立った傷とかこそなかったけど、打撲傷はあったみたいだし、寝起きに変な動きをすれば痛むよ」

「ぐぅ……っ」

「……まあ、何はともあれ元気なのは良かった。貴方に治療を施した人が少し心配そうだったから」

「……治療を施した人?」

「そう」


 不思議そうに首をかしげる青年の目尻にうっすらと浮かんでいる涙は、間違いなく全身に走った痛みのせいだろう。

 彼は私の言葉を反芻しているのか、今度はゆるやかに体を起こし、それから自分の衣服が変わっていることに気付いたのか、きょろきょろと顔を動かしていたが、サイドテーブルに持ち物すべてが揃っていることを確認すると、安堵したように息を吐いた。


「私はリリィ。帰り道で貴方を森で見付けたの。貴方の名前は?」


 静かに名乗り問い掛けると、彼は私へと向き直る。

 紫水晶アメジストの瞳は数回まばたきして、しばし見定めるかのように私を見ていたけれど、やがて緩く口を開いた。


「俺はテオドール――テオドール・リュンヌ・スィエルだ」


 告げられたその名に、私は思わず息を飲む。いや、だって、ねえ?



 ――スィエル王国の第二王子がこの森(うちのちかく)に倒れてたら、そりゃあ驚くってものじゃない?




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