2-45話 戦場を見守る者達
<参の壁>の淵に足を投げ出した史記が、狐火に赤く照らされた柚希達の後ろ姿を眺めていた。
その隣には、鋼鉄の姿もある。
彼等に与えられた任務は、負傷した狐達を抱えて運ぶことと、不測の事態に備えること。
もともとは、岩鳥達が遠距離攻撃の手段を持っていた場合を想定して設けられた役割なのだが、今のところは、こちらが一方的に攻撃している状況のため、史記達が活躍する機会は訪れていなかった。
はっきり言ってしまえば、役立たずである。
だが、だからといって柚希達の居る前線に加わろうとも、史記達に遠距離攻撃の手段は無く、単なる邪魔でしかない。
彼らは、ただ茫然と前線の動きを眺める事以外に、出来ることがなかった。
「柚希達は善戦してるっぽいな。
<壱の壁>で戦ってた時よりも、良いペースで倒せてるんじゃないか?」
「そのようだな。今のところは、だが」
「あー、やっぱり、あの数は無理なのか?
倒す前にこっちの体力が無くなるかんじ?」
「あぁ、おそらくな。敵に引く素振りが無い」
「だよなー。あれだけ味方が倒されてんのに、それを乗り越えてきてるしな」
いや、ほんと、どーするかなー、などとぼやいた史記が、後ろに倒れ込んで空を見上げる。
鳥居が消えてからかなりの時間が経過したように思ったのだが、太陽は相変わらず高い場所を陣取っていた。
「結界の張り直しは、夕方頃に完了、って話だったよな?」
「あぁ、残り4時間程度だろう」
「さようですか……」
柚希の指示のもと、次々と生み出される狐火によって、岩鳥の侵攻を遅らせているものの、このまま4時間も耐えれるとは到底思えなかった。
今後の策も事前に教えてもらってはいるものの、それが上手く機能するとも限らない。出来ることならば、このまま終えてほしいというのが本音だった。
『いっそのこと、小石を拾って投げつけてみようか』
などという思いが脳内を過るものの、どう考えても邪魔になるだけだろう。
「こんなことなら、弓道部かアーチェリー部にでも入っておけば……、ん??」
そうして胸の奥に、もやもやとした物を貯めこんでいった史記の耳に、岩鳥達の甲高い声が届けられた。
その出所は、柚希達の居る前方ではなく、美雪達が居る後方。
「美雪!?」
慌てて振り返った史記の目に飛び込んできたのは、子狐を周囲に侍らせた美雪と、森の前を陣取る小さな岩鳥達の姿。
「なんであんなところに敵が!?」
驚き、目を見開く史記を尻目に、小さな岩鳥達は、その数を増やしているように見えた。
「美雪!!!!!」
悲鳴に似た叫び声と共に立ち上がった史記が、壁の上を全速力で走り出す。
その瞬時に、鋼鉄が史記の腕を掴んだ。
「落ち着け」
「なにがだよ!! そんなこと言ってる場合じゃないだろ!? 美雪が!!」
「いいから見ろ!!」
珍しく声を荒げる鋼鉄に促されて見た先には、両手を大きく振ってぴょんぴょんと跳ねる美雪の姿。
兄の視線に気づいた妹が、握りこぶしを前に突き出し、ファイティングポーズをしてみせた。
『ここはユキにお任せだよ~』
そう言われてる気がした。
「信じてやれ。ペールからもそう言われただろ?」
「だが!!」
「妹を信じろ、それが兄の務めだ」
「…………」
グッ、と拳を握りしめながら見続けた視線の先では、周囲の小狐達と連携しながら、せわしなく走り回る美雪の姿があった。
穴を作って敵の動きを封じ、子狐に指示を出して敵を殲滅する。
時には、自分の周囲に火の玉を浮かべて、敵へと飛ばしていた。
その姿はどこか楽しそうにも見える。
「信じろ、か……」
次々と出てくる小さな岩鳥達は、美雪どころか、一番手前に居る小狐にさえ届かずに倒れている。
美雪のしぐさから判断すれば、下手なプレッシャーを感じず、のびのびと動けているように思えた。
「美雪のやつ。いつの間に、火の玉を操れるようになったんだか……」
あきれにも似た声を絞り出した史記が、握りしめた拳を左手で包み、前を向く。
大きく息を吸い込んで、ふぅーーー、と吐き出し、美雪達の方をまっすぐに見つめた。
「<弐の壁>もそろそろ限界みたいだな」
「あぁ、ここからが本番だろう」
「だな……」
前線を支える壁は残り1枚。
こちらに向けて走ってくる柚木達の姿を遠目に眺めながら、腰に差さる鉄パイプを強く握りしめた。