2-44話 小さな戦い
そうして、柚希が新たな作戦を開始していた頃。
「……すっごい、ひま~」
砂利の地面に体を投げ出した美雪が、空に向かって言葉を漂わせていた。
<弐の壁>と<参の壁>の間に避難していた子狐達も、『ここもすぐに危なくなるから』と場所を追われ、美雪の周囲を囲むように寝転げている。
最前線で頑張る柚希達と違って、最後尾の彼女達は、平和そのものだった。
「怪我をする子なんていないよー」
「ォン??」「クゥン??」「ォン」
駄々をこねる美雪を慰めるかのように、子狐達が彼女の側へとすり寄る。
無論、美雪としても、狐達に怪我をしてほしいわけではないのだが、
『回復役は器用な人じゃないとダメなの。だからね、美雪ちゃんにお願いできないかな?』
などとお願いされた身とあっては、現状に多少の不満があっても仕方がなかった。
遠くから岩の転がる音が聞こえ、
木が崩れる音が聞こえ、
狐と岩鳥の鳴き声が聞こえる。
戦闘に貢献出来てない自分が歯痒かった。
だが、だからと言って柚希の計画を邪魔したくはない。
美雪に出来ることは、ここで怪我をした狐を待ち続けることだけだった。
「新しい魔法、手に入れたんだけどなぁ」
伸びあがるように右手を太陽にかざして、光を遮る。
手元には、赤い装飾が追加された、青い指輪が光っていた。
<鑑定の眼鏡>を通して見れば、<神事の魔導書・弐>と表示され、説明項目には『使い手の火を支える』とある。
「狐さん達みたいに、炎の魔法が使えるようになったと思うんだよね……」
おそらくは今までが壱であり、赤い装飾の追加で弐になった。そして、炎を操れるようになったのだろう。
そんな予測を立てていた美雪だったが、いまここで倒れるわけにいかないため、新魔法を試すことさえできなかった。
「鳥さん達、早く帰ってくれないかな~」
空を眺めて、子狐達の背中を撫でる。
前方から聞こえてくる戦闘音は、出来る限り聞かないように耳をふさいだ。
そうして、胸に引っかかる物を覚えながらも、必死に感情を押し殺して待っていた時。
不意に、子狐達が一斉にピンと耳を立てて立ち上がった。
「んゅ? どうしたの??」
「クォン!!」
小狐達の視線の先にあるのは、道の端にある薄暗い森。
史記達が、壁と壁を行き来するときに抜ける木々のあたりだった。
「誰か、怪我しちゃったの!?」
「くぅぅん」
「んゅ??」
怪我をした狐を史記や鋼鉄が運んできたのではないか。
そう予測した美雪が、即座に回復薬の入ったペットボトルへと手を伸ばすものの、子狐達の様子を見る限り、違うように思えた。
「あそこに何かあるの??」
行って見てくるね。そう言い残して走り出そうとした美雪だったが、何匹もの小狐が体を投げ出して美雪の行く手を阻む。
「くぅん」
つぶらな瞳で見上げる小狐達が、首を大きく横に振って見せた。
「行っちゃだめ?? ……危ないの??」
「クォン」
必死に止める子狐達を足元にまとわせながら薄暗い森を眺めれば、どことなく嫌な気配を感じた。
それは、階段を下りた先で感じた、あの気配。
「……てき??」
そう呟く美雪の前で、カサカサと木の葉が不自然に揺れる。
木々の隙間から小さなくちばしが伸びてきたかと思えば、岩を纏った体を詰まらせながら、1匹の岩鳥が姿を見せた。
だが、その体は階段付近で見た個体よりもかなり小さく、美雪の腰に届くくらいしかない。
「子供の鉱石鳥!?」
<鑑定の眼鏡>にも、そう記されていた。
なんで? どうして?? などといった疑問が頭の中を過るものの、答えなど1つしかない。
「小さいから、木々の隙間を抜けれたんだ……」
つまりはそういうことだった。
「「「グルルル」」」
小狐達が威嚇するような低い声を発するものの、小さな岩鳥に怯んだ様子は見られない。
それどころか、その後方から、1匹、また1匹と、木々の隙間を抜けれるだけの小さな岩鳥が、何体も姿を現していった。
(どうしよう!! どうしたら!!)
パニック寸前の美雪の前で、数を増やしていった岩鳥達が、鳥の姿を守ったまま、美雪達の方へと歩み始めた。
その狙いは、自分か、周囲の小狐達か、それとも後ろある祭壇か。
どれが答えであったとしても、守る以外に選択肢は無かった。
「みんな。ユキの周りに集まって!! いくよ?? ……えい!!」
一瞬にして、壁を作るときに空けた穴よりも大きな溝が、岩鳥達と自分達とを隔てるように出現する。
イメージしていたものよりも幅広く、深い溝。
疲労も予想以上に軽い物であった。
「……おぉ~」
目を丸くした美雪の視線の先にあるのは、赤い装飾が追加された青い指輪。
「弐になったおかげかな?? ずっと壁作ってたから、慣れた??」
疑問に目を丸くする美雪の隣で、横一列に並んだ子狐達が、小さな狐火を一斉に吐き出した。
失速して地面にあたるもの。途中で消えるもの。発射すら出来ないもの。
<弐の壁>で戦っている大人達と比較すれば散々な結果だが、この場においては有効な攻撃手段であった。
美雪が穴を作って敵の動きを制限し、子狐達が小さな狐火で殲滅する。
森の奥から次々と現れる小さな岩鳥達との終わりの見えない戦いが始まった。