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2-43話 壱の壁、崩壊


 ペットボトルを片手に持ち替え、腰を下ろした柚希が、ホッ、と息を吐き出す。

 そして、皿に注がれたミックスジュースを美味しそうに舐める狐の背中へと、その手を伸ばした。


「おいしい?」


「ォン」


 振り向いたつぶらな瞳が、柚希を見上げる。

 色濃く見えていた疲労の色が少しだけ薄れ、きらきらとした希望の色へと変わっていた。


「ちょっとだけ休んだら、また、頑張ってくれるかな?」


「ォン」


 しっかりと頷いて見せた狐が、柚希の足元へとすり寄れば、柚希の表情からも、緊張の色が薄らいでいく。

 ずっと聞こえていた岩鳥達の鳴き声が、どこか遠く感じられた。


 そうして和やかな雰囲気で休憩する柚希達から少しだけ離れた場所。

 そこでは、眉間にしわを寄せた史記が、遠くを眺めながらペールへと声を漏らしていた。


「……敵の様子は? 結構やばいのか??」


 そんな小さな呟きを拾ったペールが、史記と視線を合わせないままに、言葉を紡ぐ。


「遠距離攻撃が無いのは良かったのですが、予想よりも数が多いのです」


「なるほど。柚希が落ち込んでる原因はそれか……」


「はいなのです」


 狐火による一方的な遠距離攻撃でこちらの被害は無いとは言え、どれだけ取り繕おうとも、数の差は痛かった。

 あの中に取り込まれてしまっては、こちらに勝ち目など無い。


「それで? 敵の数は??」


「300匹は居たと思いますですよ」


「なるほどね……」


 当初は100と予想していた敵の数が、蓋を開けてみれば三百だった。

 必死の攻撃で50匹ほどを倒したとは言え、現状でも当初予想の2倍以上の敵が健在なのである。

 

 誰の目にも、苦戦は明らかだった。


「それで? 俺達に出来ることは??」


「今のところは順調なのですよ。予定通りで大丈夫なのです」


 それでもペールから返されたのは、そんな言葉。

 思わず振り向いた史記の目に、自信満々に微笑むペールの姿が映る。


「もし計画が破綻しそうになったり、万が一、負けそうになったりしたら、助けてほしいのです。

 それまでは、ペール達にお任せなのですよ」


 大きく胸を張るその姿からは、本気の色がうかがえた。

 伊達や酔狂ではなく、本音で語っているのだろう。


「……そう、だな。柚希を信頼しとけ、ってことだな?」


「はいなのです」


「あいよ。……柚希をよろしくな」


「まかせるのです」


 そんな言葉と共に、ペールの肩をポンポンと叩いた史記が、柚希達に背を向けて<参の壁>へと下がっていった。


 心地よい太陽の光が降り注ぎ、優しい風が木の葉を揺らして吹き抜ける。

 ふぅー、と大きく息を吐き出した柚希が、目を大きく開いて前を見た。


「到着しちゃったみたいだね」


 岩の転がる音に次いで、<壱の壁>が強い衝突音と共に大きく震えた。

 積み上げられた大木がギジギジと悲鳴を上げ、所々に亀裂が走る。


 胸を締め付けるような音が1回、2回、3回と、立て続けに起こり、亀裂が増えていく。

 

 それでも、壁が大きく崩れることはなく、ボロボロになりながらも立ち続けていた。


「……大丈夫」


 片手で狐の背中を撫でながら、自分の胸に手を合わせた柚希が、祈るような視線を壁に送る。


(時間まで耐えて。このまま、ずっと耐えてて)


 結界の張り直しまで<壱の壁>が足止めしてほしい。ずっとこのまま、何も起きないでほしい。

 そう願う柚希をあざ笑うかのように、カンカンカン、と硬い物が木を突く音が聞こえてきた。


 その音は次第に多くなっていき、<壱の壁>全体を奏でる。


「っ!!」


 そして、ボコン、と盛大な音と共に、壁の一部が崩れ、空いた穴から岩鳥のくちばしが姿を見せた。


「ギュォーーン」


 小さいながらも突き抜けた穴に、岩鳥達の歓声が沸き上がる。

 その声を聴きながら、おもむろに右手を水平に上げた柚希が、<壱の壁>へと指先を向けた。


 そして、彼女には珍しく、大声を張り上げる。


「糸を切って!! <壱の壁>を放棄します!!」


「「「クォン!!」」」


 生み出された30個の狐火が、剣の形に姿を変え、<壱の壁>へと飛んで行く。

 それぞれが事前に決めてあった目標へと近付き、壁を繋ぎとめていた糸を切り裂いていった。


「押しつぶすのです!!」


 ペールの叫び声に答えるかのように前へと傾いた壁が、岩鳥達の頭上へと降り注ぐ。

 

「ギュォーーン」


 突然崩れてきた大木が頭を直撃した者。

 押しつぶされて動けなくなる者。

 転がってきた大木をその身に受けるもの。


 捨て身とも言えるその攻撃により、狐火で倒した者を含めて、80匹近くの岩鳥を減らすことになった。

 

 壁は残り2枚。

 多くの岩鳥を倒したとは言え、後がないのも事実である。

 <壱の壁>はちょっとの段差でしかなくなり、後ろに続くものはまだまだ居る。


「攻撃再開なのですよ!! 乗り越えてくる者から順番に倒していくのです!!」


「「「クォーーーーン」」」


 そして、二章の幕が上がった。


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