2-42話 開戦
ひっ、と小さく悲鳴を上げた柚希に向けて、岩鳥達が、羽をバサバサと動かす。
道に横たわる岩鳥達はピクリとも動かないものの、そんな奴らは関係ないとばかりに、大空へとくちばしを向けた岩鳥達が、一斉に鳴き声をあげた。
「自由攻撃に移るですよ!! 近い敵から順番に仕留めるです!!」
「「「クォン!!」」」
そんな岩鳥達に負けじと、ペールが声を張り上げ、狐達が吠える。
転がることをやめて細い脚で歩き出した岩鳥達が、横たわる仲間を踏み越え、時には飛び越えながら、壁に向かって歩みを進めた。
「質よりも量なのです。量で攻めるのですよ!!」
そんな岩鳥達の侵攻を防ごうと、狐火の群れが空を覆う。
豪雨のような火の玉が、岩鳥に向けて降り注いだ。
「あとのことは気にせず、どんどん撃つのです!!」
先頭を歩む岩鳥が燃え上がり、やがては地に伏せる。
その後ろを歩んでいた岩鳥が、その体を乗り越えて、火を浴びた。
かつては小さな石だけが敷き詰められていた道には、動かなくなった岩が転がり、岩鳥達の侵攻を阻む。
だが、留まることを知らない岩鳥達の侵攻に限りは無く、ゆっくりとではあるが、着実に美雪達の居る壁へと近寄ってきていた。
地に伏せる岩の数は、50を優に超え、迎え撃つ狐達の数をも突破する。
それでも岩鳥達の侵攻は止まらず、後ろに見える岩鳥の群れも減ったようには思えなかった。
(とめられない……)
ゆっくりと迫りくる岩の壁の圧力に、弱気な感情が柚希を蝕んでいく。
岩鳥達からの反撃は無いものの、このまま距離を詰められてしまえば、こちらに勝ち目無いだろう。
それでも、凛とした空気を出来るだけ崩さないように、震える手をぎゅっと握りしめた。
――そんな時、
「クホッ、コホッ……」
1匹の狐が視線を落として咳込んだ。
はっ、と目を見開いた柚希の瞳に映るのは、疲れた様子で火の玉を吐き出し続ける狐達の姿。
岩鳥達の様子に気をとられてわからなかったが、よく見れば火の玉も小さくなっている気がした。
(思考を放棄したらだめ。私に出来るのは、考えることだけなんだから)
パンパン、と膝を叩いて気持ちを引き締めた柚希が、顔を上げて前を向く。
そして、必死の攻撃を行う狐達を見据えて、ゆっくりと口を開いた。
「ごめんね。攻撃を中止してくれるかな?」
喧騒ひしめく戦場に、優しい声が届けられる。
決して強くはないその言葉が、なぜか大きく感じられた。
「はいなのです。攻撃中止なのですよ」
それまで降り続いていた火の雨が途切れ、岩鳥達が生み出す音だけが風に乗る。
ペールの横をすり抜けた柚希が、疲れた表情を見せる狐の頭を優しく撫でた。
「ごめんね。頑張ってくれてありがとう。
<壱の壁>は放棄して、<弐の壁>に移動するけど、行けるかな?」
「フォン」
「うん。それじゃぁ、ペールちゃん、お願い出来る??」
「はいなのです」
とことこと近寄ってきたペールが、しゃがんで背中を見せる。
お願いね、と声をかけた柚希が、その背に体重を預け、ペールが軽々と立ち上がった。
「行くですよ」
「ォン」
細い肩に手をまわし、ちらりと後ろを振り返った柚希の目に映るのは、少しだけ速度を増した岩鳥達の姿。
長蛇の列は相変わらず遠くまで続いており、その端を見ることは叶わなかった。
(大丈夫、予想よりもちょっとだけ多いだけ。焦っちゃダメ)
ペールの背中に揺られながら、何度も何度も自分に言い聞かせて、最初の戦場を後にした。
砂利道を走り、木々の隙間を抜けて<弐の壁>の後ろへと回り込む。
「おっ、お疲れ。予定通り、何とかなりそうだな。さすが柚希」
壁の上には、気負いなく笑う史記の姿があった。
その傍らには、上半分が溶けた盾を握る鋼鉄の姿もある。
「疲れただろ? 甘いもの欲しいかと思って、ミックスジュース作っといた。
全員に行きわたるだけの量はあるはずだからさ。ゆっくり飲んだらいい」
そんな言葉と共に差し出されたペットボトルをひとくちだけ口に含む。
ふわりとした甘さが、体内を駆け抜けた。
「……おいしい」
張り詰めていた緊張を少しだけ緩めた柚希が、ほっ、と安堵の息を吐き出す。
そんな柚希の髪を史記の手が優しく撫でた。
「なんとかなるさ。最悪、みんなで逃げ出したらいいと思うし」
「……そうだね」
ずっと続いていた指の震えが、いつの間にか消えていた。