2-41話 岩鳥の侵攻
鳥居が姿を消してから、1時間が経過した頃。
丸太を積み上げただけの壁の上に座る柚希の瞳に、遠くから立ち上る土煙が映りこんだ。
「ペールちゃん。狐さん達と一緒に、準備を始めてもらっていいかな?」
「はいなのです。
でも、マスターが階段まで下がるのが先なのです」
「……うん、そうだね」
ペールの要望に渋々頷いて見せた柚希が、階段まで下がり、1段だけ降りた地点で立ち止まる。
ゆっくりと振り返った柚希が、ペールに向けて微笑んだ。
「これでいい?」
「……はいなのです」
できればもう一段降りてほしい所だが、柚希の表情を伺う限り、その望みは叶いそうもない。
柚希を守るために前へと立ったペールが、壁の上で思い思いに寝転がる狐達を眺め、大きく息を吸い込んだ。
「もうすぐ敵が来るですよ。練習通りの配置に散らばるのです」
「「「クォン」」」
ペールの呼びかけに応じて、一斉に動き出した狐達が、迷うことなく決められた場所へと進んで行く。
壁の上を端から端まで等間隔で横一列に並んだ狐達が、前足を立てて胸を張り、ただ前だけを眺めていた。
隙間を埋めるようにピンと立った尻尾達が、時折吹き抜ける風にあおられて、静かに揺れる。
ぴこぴこと動くふさふさの耳が、砂利道を転がる岩の音を静かに拾っていた。
「ペールちゃん。敵の数、見えたりする??」
「……予想よりも多いのです」
「そっか……」
やがて見えてきたのは、所狭しと並び、転がってくる岩の数々。
湧き上がってくる恐怖を無理に押しとどめる柚希には、おおよその数すら把握することは叶わないものの、全力を尽くす必要があることだけは、嫌でも理解することができた。
「目標が射程圏内に入ると同時に、最大火力の一撃を加えます。タイミングはペールちゃんの号令で一斉に」
「「「クォン」」」
出来る限りの落ち着いた声で命令を下し、ぎゅっと手を握りしめる。
迫りくる岩の音が周囲の酸素を奪っていったようで、どれだけ吸い込もうとも、息苦しさは消えなかった。
「3からカウントダウンするですよ。全員構えるのです」
一列に並んだ尻尾がパタパタと揺れ、次々と火の玉が生み出されていく。
それぞれの前に浮いた狐火達は、時間と共に大きさを増していき、周囲を熱く彩っていった。
遠くで小さく見ていていた岩達が、一面に浮かぶ狐火と競い合うかのように大きさを増していき、やがては足の裏を通して、振動までもが伝わってくる。
岩鳥達に初めて襲われたときの恐怖に打ち震える柚希が、押しつぶされそうになったあの時の記憶を必死に押し殺している中で、ペールのカウントダウンが始まった。
「3」
木々に囲まれた道いっぱいに広がった岩が、自分達を押しつぶそうと迫りくる。
「2」
作っていた時は大きく感じていた壁も、迫りくる岩達を見れば心もとなく『もう少し大きく作っていれば』などと言った感情が、柚希の胸の内で渦巻いた。
「1」
視界に広がる岩の群れは何処までも続いており、その大きさは必死に作り上げた壁の半分ほど。
太い糸で補強しているとはいえ、すべてを受け止められるとは、到底思えなかった。
「今なのです!!!!」
湧き上がってくる後悔を胸に、祈る思いで前を向く柚希の視界が、燃え盛る火の手に包まれた。
横一列に並んだ火の玉が、お互いを補うように絡み合い、強さを増しながら、迫りくる岩の群れに向かって飛んで行く。
徐々に遠ざかっていく熱さに、不安の思いを募らせる柚希の前で、先頭を走る岩達が、その身よりも大きな炎に包まれ、天をも焦がす勢いで燃え盛った。
炎を纏いながらも転がり続けた岩が、徐々に速度を落とし、後続の岩に追突されて列が乱れていく。
炎や衝突などで岩の形を保てなくなった者が、力なくその場でへたり込み、障害物として道の上を占領する。
そんな岩達に行く手を阻まれた岩鳥達が、キュゥー、と困惑の声を上げて回転をやめ、鳥の形へと戻っていった。
そして気が付けば、柚希達の方へと侵攻する岩鳥の姿が無くなっていた。
「……たすかった??」
眼下に広がるのは、炎に焼かれて動かなくなった岩と、行く手を見失って鳥の姿で右往左往する岩鳥達。
(このまま帰って。お願いだから)
そう願う柚希の思いもむなしく、後方から聞こえてきたひと際大きな鳴き声に反応した岩鳥達が、重たい翼を大きく広げ、一斉に壁の上へと顔を向けた。