2-39話 鳥居消滅
「出来たー!!」
早朝のダンジョンに、嬉しそうな美雪の声が響いた。
彼女の前には、出来たばかりの壁がそびえ立っており、壁と壁の間には、深い空堀が作られている。
ゴールデンウィークも本日が最終日。
期限のギリギリにまで及んだ建設作業が、早朝の最終調整を終えて、無事に完成を迎えていた。
『すごいでござる。これならいけるでござるよ!!』
所々を太い糸で縛られた大木達は、無骨ながらも互いを補うように組み合っており、見るからに頑丈そうだった。
ルメの言葉通り、これなら岩鳥の突撃にも耐えられるように思う。
そんな壁達の先頭、<壱の壁>を見上げた柚希が、うんうん、と満足げにうなずき、美雪達へと視線を向けた。
「美雪ちゃんは、史記くん達に報告してくれる?
ルメちゃんは、自分の準備をお願いね」
「はーい」『わかったでござる』
そして、走り去っていく2人の後ろ姿を横目で追いながら、30匹にも及ぶ狐達を前に、大きく息を吸い込んだ。
「それじゃ、最終確認をするね?
1番大事な事は、全員が生き残ること。傷薬を持った美雪ちゃんが後方で待機しているから、怪我をしたら、すぐに下がって治療してもらってね。
もし動けなくなっちゃったら、遠吠えで史記くんか鋼鉄くんを呼んで、後方まで運んで貰うこと。わかった?」
「「「クォン」」」
「うん。それじゃぁ、行こうか」
狐達を周囲に侍らせた柚希が、丸太を並べただけの階段を登り、丸太を組み合わせて作った壁の上へと足を踏み入れた。
ルメ達の魔法で平らに切り揃えられた壁の上は、3匹がすれ違えるほどに広く、小さな揺れも感じない。
かなりの突貫工事だったものの、素人が作ったにしては上出来だった。
「……思ってたよりも、ちょっとだけ高いかな」
それでも、その高さ故に、立ち上がることは出来そうもない。
恐怖心に従って、ぺたん、と腰を下ろせた柚希の髪を風が撫でる。
ふと左へと視線をずらせば、視線の高さに森の先端が見てとれ、正面へと目を向ければ、鳥居の頭がすこしだけ顔をのぞかせている。
木々のざわめきが周囲を奏で、遠くに見える朝日が清々しい気分にさせてくれていた。
「大丈夫だよね。出来ることはしたもんね」
晴れ渡る空に向けて、ふー、と息を吐き出した柚希が、隣に座る狐に手を伸ばす。
ピンと背筋を張って、まっすぐ前を向いた狐の姿が、なんとも頼もしく思えた。
そうして、体内から湧き上がってくる不安を必死に押しとどめていた柚希に、背後から声が飛ぶ。
「マスター。ルメ様が『準備完了でござる』って言ってたです」
「うん。ありがとう。
ペールちゃんも、無理だけはしないでね?」
「はいなのです。マスターを守りながら、自分の身も守ですよ」
「私よりも自分の身が優先だからね?」
「……わかったのですよ」
不満げな表情を見せながらも渋々頷いたペールに対して、柚希が優しく笑って見せた。
「史記くん達は??
美雪ちゃんや子狐ちゃん達も準備終わってた??」
「はいなのです。皆さんここに来れない事に不満を行ってたですが、それ以外は問題ないのです」
「そっか。ありがとう」
作戦の要は狐達の遠距離攻撃であり『壁の上は狭いから』などと説明し、史記達には、比較的安全な後方任務を担当して貰っていた。
ペール以外は渋々説得に応じてくれたのだが、どうやら未だに不満を抱えているらしかった。
そうして後方の様子に思いを馳せた柚希が、隣に座るペールの顔をのぞき込む。
「頑張らなきゃね」
「はいなのです!!」
柚希の要請に、ペールが胸を張った。
次第に緊張を含んだ静けさが辺りを支配していき、風に揺れる木の葉の音だけが柚希の耳に届けられる。
時間の経過とともに静かになっていく空間の中で、誰しもが自身の鼓動を感じながら、まっすぐに前だけを見据えていた。
そんな中、
「クォーーーーーン」
遠くからルメの遠吠えが届き、周囲の狐達が、柚希へと視線を集める。
つぶらな瞳に見つめられながら、ふぅー、と大きく息を吐き出した柚希が、すっと顔をあげ、森の向こうに見える階段を視界に入れた。
「……はじめよっか」
「「「「クォーーーーーーン」」」」
柚希の指示にあわせて、狐達が高らかに吠える。
(大丈夫、なんとかなるよ)
震える手をぎゅっと握りしめた柚希に、ペールがそっと手を添えた。
そんな彼女達の前で、鳥居の周囲に霧が立ちこめ、視界を覆い隠す。
そしてゆっくりと、大きな鳥居の姿が消えていった。