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2-38話 回復薬・上


 身長の2倍はあろうかという柵を見上げた柚希が、うんうん、と頷いて、積み上げられた大木をペシペシと叩く。


(太い枝を集めてきて作るつもりだったんだけど、すごいことになっちゃったかな)


 光すら通さないその柵に対して若干の苦笑を覚えたものの、用途を考えれば頑丈な方が良いため問題は無い。


 強いて問題点を上げるとすれば、攻めてくる敵の姿が見えないため、新たにのぞき窓や上へと昇る階段を作る必要が出てきたのだが、美雪達に魔法で手伝って貰えば、簡単に出来るだろう。


 そうして出来上がった壁に思いをはせる柚希の耳に、美雪の声が飛び込んできた。


「ゆずちゃーん。すきま、埋めたよー」


「はーい。今行くねー」


 <2の壁>と名付けられた丸太の山に近付いた柚希が、しゃがみ込んで、壁の足元を注意深く見つめる。


 かつては隙間が空いていた穴と大木の境目には、美雪が魔法で作り出した土が盛られ、壁全体をがっちりと支えていた。


 押しても引いてもびくともしないその強度に、柚希が満足げな微笑みを浮かべる。


「うん。大丈夫だね。これで2も完成かな。

 無理して倒れちゃってもだめだから、ちょっと休憩しよっか」


「はーい。ふぅーーーーー、疲れたーーー」


 ぐでー、と両手を伸ばした美雪が、ふみゅー、と音を立てながら<2の壁>に寄り掛かった。


 背中に感じる自分の仕事に、ちょっとした達成感を覚えながら、ふと空を見上げた。

 流れていく雲が、なんだか気持ちよさそうに思えた。


 そうして、ホッと一息入れた美雪のもとに柚希が近寄ってくる。


「お疲れ様。史記くんがミックスジュース作ってくれたよ?」


「のむのむー」


 手渡されたコップに口を付け、きゅっと喉を潤せば、複雑に絡み合う果実の香りが全身を通り抜けた。

 魔法を使い続けて疲れた脳が、スッキリと晴れ渡った気がしてくる。

 

「あ、おいしい。美味しいね、おにい……んゅ? お兄ちゃんは??」


「なんかね。『役立たずは、薬を作ってきます』って言って、神社の前あたりで何かしてたよ?」


「ふえ??」


 柚希の言葉に引かれた美雪が、神社のある方向へと目を向ければ、うっすらと見える湯気が壁の向こう側から舞い上がっていた。


「薬作り、楽しいかな?? ちょっとお兄ちゃんのとこ行ってくるね」


「うん。ゆっくり休んできていいからね」


「はーい」


 壁の点検と配置の見直しを始めた柚希を残して、森の中を経由した美雪が、壁の後ろへと回り込む。


「んゅ?? なにこれ? ……石の上に、岩??」


 覗き込んだ先にあったのは、かまどのように積み上げられた石と、その上に鎮座する大きな岩。


 オブジェかモニュメントと言った感じの置物の下には、狐達が出現させたと思われる火の玉がゆらゆらと揺れていた。


「ん? 美雪??

 壁の設置、終わったのか?」


「うん。2の壁、終了!! ちょっとだけ休憩もらったー。

 にゅ?? <鉱石鳥(オーアバード)の羽>??」


 不思議そうに眺める美雪の前では、中央がへこんだ岩の中で、コバルトブルーの液体が沸騰していた。

 <鑑定の眼鏡>からの情報によれば、岩鳥の羽らしい。


「あぁ、尾の先についてた岩が鍋に良さそうだったから、ペールに運んでもらったんだ。

 これ、意外に火の通りが良いんだよ」


 手に持った木の枝で液体をかき混ぜながら、史記が楽しそうな笑みを浮かべた。


 一応は、普通の鍋も持ち込んでいるのだが、ダンジョン特有の産出物を使った方が失敗もないだろうと判断した故の対処である。

 

「ふーん。これがルメちゃんを治した薬なんだー」


「あ、そうそう。折角だからそっちのやつ、鑑定してもらっていいか?

 そっちはすでに出来上がってるからさ」


「あいあい」


 史記の視線の先にあったのは、火の消された岩のオブジェ。

 中に蓄えられた液体を覗き込めば、<低級の回復薬・上>と表示された。


「傷口に注ぐと、一瞬にして治す薬。初級よりもちょっとだけ質が良いレベルで、ほどほどの傷を治せる。病気はダメ」


「おっ、ってことは無事に出来てるんだな」


「うん。ちゃんと傷薬になってるよ」


 花も石も見た目だけで判断した物だったのだが、どうやら間違えていなかったようだ。


 ほっ、と息を吐き出す史記の隣で、何気なく岩の中を眺めていた美雪が、鼻を近付けて、くんくん、と匂いを嗅ぐ。


「んゅ?? お花の香??」


 草をお湯で煮たてて、青い石を入れた液体は、なぜか優しい花の香がした。


「おいしいかな?」


 指先を液体に着けた美雪が、ペロっと口に含む。

 一瞬だけ目を大きく見開いた美雪が、ぐぇー、とうめき声をあげた。


「苦い!! すっごい、苦い!!」


 苦悩に満ちた表情で舌をぺろぺろとさせる美雪に、苦笑を浮かべた史記が、水を入ったコップを差し出す。


「いや、ルメの時の見てなかったのか? それ、飲み物じゃなくて傷口にかけるタイプだからな?」


「ガラガラガラ~、ぷぺ。

 ……むぅー、だって、甘い香りがしたんだもん」


 甘い香り=美味しいもの。


 間違ってはいないと思うが、何事にも例外は存在する。

 少なくとも、ダンジョン産の物に当てはめるべきではないだろう。


 ふまんだー、とばかりに唇を尖らせた美雪が、ふと史記の腰元へと視線を落とせば、そこに刺さる鉄パイプが目に留まった。


 折れ曲がった先が、鋭く尖っているように見える。


「……ドリル??」


 装着されていたのは、いつか見た、タケノコ型ドリル。


「今朝食べた果実の皮をドリルの先端にくっつけてみたんだ。回転はしないけど、攻撃力はアップしたと思うんだよね」


 自慢気な表情を浮かべた史記が、腰から鉄パイプを引き抜き、両手で構えて見せる。

 新たに取り付けられた鋭利な先端が、日の光を浴びて怪しく輝いていた。


「うーん。……あんまりかわいくない」


「あ、さようですか……」


 どうやら美雪様のお眼鏡には叶わなかったようだ。


 そうしてがっくりと肩を落とす史記の耳に、壁の向こうからペールの声が飛び込んできた。


「美雪さまー、次の木、運んできたですよー」


「はーい、いまいくーー」


 いや、かっこいいとおもうんだけどな、などと呟く史記をその場に残して、美雪がさっそうと壁の向こうへと帰っていった。


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