2-37話 乙女達の建設業
ダンジョン生活、3日目の朝。
本日もダンジョン産の果実で朝食を済ませた史記達は、鳥居の前に集まって、今後の作戦について話を詰めていた。
その周囲には、狐達の姿もある。
「でね。堀と柵で鳥さん達を足止めして、みんなで撃退するのが大まかな考えなんだけど、どうかな??」
「んー、まぁ、現状それしか選択肢がない、って気もするけどな」
「そうなんだよね」
史記の言葉に苦笑を浮かべた柚希が、ポケットから1枚の紙を取り出した。
小さく折りたたまれたその紙を丁寧に開き、砂利の上へと広げていく。
「ルメちゃん達の話だと、鳥さん達が入れる入口って、この一本道だけなんだって。
だからね、ここと、ここと、ここに柵を作ろうと思うの」
柚希が指さしたのは、鳥居から神社につながる一本道。そこに等間隔で三本の柵を作るつもりのようだ。
「三段構えで迎え撃とう、ってことか」
「そういうこと。できれば、高い位置から見下ろせるように、専用の見張り台なんかも作れたらいいんだけど、さすがに無理だよね。
いろいろ考えてはみたんだけど、柵を3つと空堀を1つ作るのが限界かなって」
柚希曰く、それ以上多くしても、身動きが取れなくなるだけで、かえって邪魔らしい。
1の門、2の門と来て、空堀を挟んだ3の門が最終ラインになるようだ。
「いいと思うぞ。良くわかんねぇけど、柚希とペールが良いと思うのなら、良いんだろ」
なんとも投げやりな回答ながら、史記が自信満々にうなずいて見せた。
「鋼鉄は? ダメ出しとかある?」
「いや、問題ない」
「了解。それじゃ、その予定でやってみますか」
そういうことになった。
あまり時間も無いので、さっそく作業に取り掛かる。
まずは素材の採取なのだが、どうする? などと話し合う人間達を他所に、ルメが自信満々に名乗りを上げた。
『拙者に任せるでござるよ』
そんな言葉と共に、道の脇に生えていた大木の前へと歩み寄ったルメが、しっぽをパタパタと動かして、狐火を生み出す。
『切るでござる』
ルメの掛け声に合わせて、狐火が剣のような形に変化し、スパン、と、大木を切り払った。
狐火が通り過ぎた後の大木をルメが鼻先で、ちょん、と押せば、切り株の上を滑り落ちるかのように、大木が森の中へと倒れていく。
バタン、という音に続いて、ほんの少しだけ地面が揺れた。
「ルメちゃんすごーい」
『あ、ありがとうでござる』
美雪の素直な感想に頬を赤く染めたルメが、くしくしと顔を掻く。
ピンと張った二本の尻尾も、嬉しそうに揺れていた。
そんなルメの横をペールが通り過ぎていく。
「持ち運びはペールにお任せなのです」
倒れた大木にペールが手をかざせば、一瞬にして大木が目の前から消え失せた。
嬉しそうに輝く瞳が、柚希の方へと向けられる。
「どこに運べばいいですか、マスター?」
「えっと、ちょっと待ってね。
美雪ちゃん。魔法って使えそう??」
「んゅ?? んーっと、ゆっくり寝たから大丈夫!! ……だと思う。どうしたらいい?」
「えっとね。無理しない範囲でいいんだけど……」
きょろきょろと周囲を見回した柚希が、小さな枝を拾い上げた。
その枝を砂利の地面へと突き立てて、地図を片手に、印を付けていく。
「……うん。これでいいかな」
端から端まで続く長い線と、その周囲に大きなバツ印を書き記していった柚希が、うんうん、と頷いた。
そして、バツ印の1つを枝先で突いて見せる。
「ここにさっきの木が刺さる穴をあけてくれないかな?」
「穴?? うーん、やってみる」
柚希が付けてくれた印をジーっと見つめた美雪が、ゆっくりと左手を持ち上げた。
太陽の光を浴びた青い石が、キラキラと輝いている。
「大丈夫、できる。ユキなら出来る。……えい」
自己催眠にも似た言葉と共に、ふー、と息を吐き出せば、指輪から淡い光が漏れ始め、印を付けた部分がゆっくりと沈んでいった。
「できた……。出来たー!! できたよ!!」
飛び跳ねんばかりの様子で、美雪が嬉しそうな声を上げた。
そんな美雪に近付き、手を握った柚希が、まっすぐにその瞳を見つめる。
「美雪ちゃん、体調は? 大丈夫??」
「うん。全然平気!!」
えへへー、と笑う美雪の頭に手を伸ばした柚希が、滑らかな髪を撫でた。
そして、ちらりと穴の深さを流し見た柚希が、ペールの方へと視線を飛ばす。
「ペールちゃん。そこの穴に、差し込んでもらっていい??」
「はいなのです」
美雪が作った穴にペールが手をかざし、ぎゅっと目を閉じて両手に力を込める。
突き出した両手から真っ白な光が溢れ出し、穴の表面がその光に覆われた。
「出るですよ!!」
そんな掛け声とともに、両手を上に引き上げれば、動きに合わせて、光がゆっくりと上昇していく。
そして、いつの間にか、抱えるほどの大木が、穴の中に鎮座していた。
「これでいいのです??」
ペールの視線を受けた柚希が、ゆっくりと大木に近づき、片手で軽く押してみる。
少しだけ空いた隙間の影響で、多少は動くものの、倒れるようなことはなかった。
「うん。大丈夫かな。
とりあえずは、こんな感じで印通りに木を立ててくれる?」
「らじゃー」「はいなのです」『任せるでござる』
自信満々に返答を返した乙女達の手で、次々と大木が道上に立てられ、その木々に挟み込むようにして、横倒しの大木が積み上げられていく。
大木に大木が折り重なり、見るからに頑丈そうなそれは、もはや壁と呼んで差し支えない見た目だった。
「……なぁ、鋼鉄。……これ、俺達に出来ることってあんのか??」
「…………」
手持無沙汰な男達を尻目に、巨大な壁が猛烈なスピードで組みあがっていく。
「……俺、差し入れ作ってくるわぁ」
「食材を確保してくる」
朝早くから始まった建設作業は、頻繁にもたらされる差し入れで休憩を挟みながら、日が暮れるまで行われるのだった。