2-35話 唐揚げと素揚げ
その日の夕暮れ時。
ここに住まう狐達の大半が、畳の上に伏せて、史記達の到着を待ちわびていた。
50匹近くの狐が畳の上に列を成し、目だけをキョロキョロと動かす姿は、異様と言って差し支えない。
小さな鳴き声すら無く、しっぽをパタパタと動かす音だけが、本堂を静かに彩っていた。
これは何かの儀式、もしくは修行か? などと言った疑問が浮かびそうな光景の中、スーっと、入口の障子が開いた。
その向こうに立っていたのは、美雪と1匹の狐。その後ろには、史記達の姿もあった。
「お待たせーー、できたよーーー」
「「「「フォォーーーーーン」」」」
本堂へと入ってきた美雪が、嬉しそうにそう宣言すれば、こちらも負けじと、狐達が遠吠えを上げた。
美雪に寄り添って歩く狐の背中には、その体と変わらないほどの大きな皿が1枚乗っており、その上には史記お手製の<油キノコの素揚げ>や<岩鳥の唐揚げ>が山のように盛り付けられていた。
広い背中と2本の尻尾で大皿を支えながら、狐達の隙間を縫うようにして、畳の上を進んでいく。
「みんなで仲良く食べてねー」
嬉しそうに笑う美雪の手を介して、大皿が伏せる狐達の前へと置かれた。
そんな美雪同様に、史記達も狐をお供に、料理が乗った大皿を等間隔で畳の上へと並べていった。
本堂いっぱいに、揚げ物の香ばしい香りが広がり、狐達が待ちきれないとばかりに「くぅぅん」と唸り声をあげる。
そうして、作り上げた料理を配り終えた史記達が、各自、箸とご飯が盛られたお茶碗を片手に、自分達用に確保してあった大皿の前へと腰を下ろした。
本日の晩御飯は、ダンジョンの幸と持ち込んだお米。
本音を言えば、お味噌汁も欲しいところだが、岩鳥の血抜きと解体に予想よりも多くの時間を必要とした結果、そこまで手が回らなかったのだから仕方がない。
むしろ、果実だけで済ませた昨日とは、比べ物にならないほど豪華な食事なのだから、これ以上を望むのは、贅沢が過ぎる気もした。
ちなみにルメに確認したところ『拙者達は、お肉をいっぱい欲しいでござる。穀物はいらないでござるよ』とのこと。
それ故に、ストックが少ないごはんは、自分達の分だけを用意していた。
「欲しくない人は食べなくていいもん。全部、ユキが食べちゃう」
それが淡路家の家訓だった。
綺麗なきつね色に揚がった<岩鳥の唐揚げ>を前に、美雪がゴクリと喉を鳴らす。
「お兄ちゃん、早く食べよ!! 冷めちゃうよ!?」
「そうだな。それじゃ、食べるとしますか」
「うん!!」
満開の笑顔を咲かせた美雪の前で、史記が手のひらを合わせた。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
「「「「「フォーーン」」」」」
声を揃える人間達に続いて、狐達が遠吠えを上げた。
そして、誰からともなく、豪華な夕飯を口の中へと放り込んでいく。
「んふぅーー!!」
<岩鳥のから揚げ>で頬を膨らませた美雪を筆頭に、次々と揚げ物の山を崩していった。
「んふぅ? おふぃふぁん、はほはひほ?」
「……悪い、何言ってるか、わかんねぇ」
苦笑と共に返ってきた兄の言葉に、一瞬だけ驚いた表情を見せた美雪が、もぐもぐ、ごっくん、と口の中を空にしてから、再び兄へと向き直った。
「お兄ちゃんは食べないの? キノコも唐揚げも、すっごく美味しいよ? あーむ」
言いたい事を一方的に伝えた美雪が、史記の返答を待たずに<油キノコの素揚げ>を口の中へと放り込んだ。
食の進まない兄よりも、食事の方が優先である。
そんな美雪の姿に、小さく笑った史記が、<岩鳥のから揚げ>へと箸を伸ばした。
「そんじゃ、俺もいただくとしますか」
ひょい、と摘み上げた唐揚げをふーふー、と口元で冷ましてから、中へと放り込む。
始めに感じたのは、揚げ物特有の香ばしさ。表面にかかる程よい塩気が、舌のうえを踊った。
奥歯の上へと転がし、グッと噛み締めれば、ふわりとした弾力とともに、濃厚な旨みが口いっぱいに流れ出す。
味付けはシンプルに塩のみ。
調味料が少ないが故の選択肢だったのだが、そのシンプルさが、肉の旨みを引き立ててくれていた。
「鶏よりも、肉の旨みが強いな」
「ですです!! すごく美味しいのですよ」
どうやらペールにも好評のようで、口元をテカテカと光らせながら、嬉しそうに唐揚げをぱくついていた。
そんなペールと競り合いながら、から揚げを頬張り、ごはんをかきこむ。
ごはんとの相性も抜群だった。
「唐揚げも美味しいと思うけど、私はきのこの方が好きかな。このきのこ、素敵な香りがするよ?」
へぇー、と相槌を打った史記が、ちらっと隣を見れば、鋼鉄が無言で<油キノコの素揚げ>ばかりを口に運んでいた。
どうやら鋼鉄もきのこの方を気に入ったようだ。
「どれどれ」
サクサクに揚がった<油きのこ>を箸先で撮み、ひとくちで頬張る。
ふわっとした香りに続き、繊維質の味わいが口内を刺激した。
こちらもごはんと良く合う。
『どっちも美味しいでござる。素敵なカロリー様でござるよ』
狐達も、はふはふ、と唐揚げを頬張り、もぐもぐ、ときのこを味わっていた。
「一応、おかわりも用意してあるから、必要なら言えよ?」
「ほふう!!」
「クフォン!!」
大好評のままに、大量に盛られた揚げ物が、次々と消えて行くのだった。