2-31話 食べる? まじ??
サンプルとして短く切り取った糸から視線を逸らした史記が、満足そうに微笑む狐達へと意識を向けた。
「もういいかー? 次行くぞー?」
「クォン」
耳をぴょこぴょこと動かした狐達が嬉しそうに頷き、道なき道を進んでいく。
どうやら、このまま森の中を探索するつもりのようだ。
道から外れれば、外れるほど、入り組んだ木々が視界を遮り、飛び出した根っこが行く手を阻む。
時折、先頭を歩く狐が時折後ろを振り返っては、『ねぇ、まだ?』とでも言いたげな表情を浮かべてくるが、二足歩行しか出来ない2人には、なかなかに厳しい場所だった。
そうして歩くこと数分。
「お?」
史記の視界に、見覚えのある花の前でお座りをする狐の姿が映り込む。
それは、Fランク冒険者のテストで見かけた、ウサギの頭に咲いていた花。
今回はウサギではなく、大きな石の上に根ざしているようだが、見た目は間違いなく、あの時見た花だった。
「これは持って帰らなきゃ駄目だよな」
狐達に見守られた史記が、採取のナイフを取り出し、根本からスパンと刈り取る。
「うっし、採れた」
そうして手の中に収まった花を史記が満足そうに掲げて見せるものの、周囲の反応はあまり良くない。
『お前、なにやってんの?』
『それ、食べる? まじ?』
『人間って変なもの食うなぁ』
そんな感じである。
「え? なに、この空気……。
ってか、おまえらが案内したかったのって、これじゃないのか?」
試しに、近くにある居た1匹の鼻先へと差し出して見たが、首を大きく横に振られてしまった。
「他に何があるんだ??」
周囲に目を向けるものの、そこには代わり映えしない木々が生えているだけであり、それらしい物は見つからない。
「……鋼鉄、何かわかるか?」
「うえだな」
「ん??」
鋼鉄に促されるまま、頭上を見上げた史記の目に映るのは、木の枝にぶら下がるドリル達。
道路に大きな穴でも開けれそうな刃が、鋭い先端を下に向けて枝先に垂れ下がっていた。
「うぉ、あぶね!!」
慌ててその場を退いたものの、木にぶら下がるドリルは、時折風に揺られるだけで、落ちてくるようなことはない。
目を凝らして見れば、枝から垂れ下がり、果実のように実っているようにも見える。
「……あれ、果実か? 食えなさそうだし、種って感じか?」
おかしな物を見たとばかりに戸惑う史記に対して、鋼鉄が囁きかけた。
「食虫植物、いや、食獣植物なのだろう」
「ん? ……あー、あれか、ハエ取り草的なやつか。下を通った獲物に突き刺して栄養にする感じ??」
「推測だがな」
鋼鉄の言葉通り、頭上にあるドリルの先端はかなり鋭く、ウサギ程度であれば楽に仕留められそうな雰囲気だった。
数本もあれば、熊すら倒せる気さえしてくる。
「岩の羽は無理だが、鳥型の時ならば使えるだろう」
「だな。うっし、武器入手だぜ!!
そんじゃぁ……、…………どうやって取る? 木登りするか??」
鉄パイプしか持たない史記には非常に魅力的に見えた。
たが、ドリル達は高い場所にあり、長身を誇る鋼鉄が手を伸ばしても届きそうにない。
「登るのは危険だろう」
「だよな……。ん~、揺らしたら落ちてきたりしないかねぇ……、ん?」
そうしてドリルを眺めていると、不意に腰元にモフモフとした感触を覚えた。
視線を下げれば、一匹の狐が体をぶつけ、グイグイと押しているのが見て取れる。
『おい人間、そこ邪魔だよ~』
そんな雰囲気だった。
「採取できんのか?」
「クフォン」
自信満々に頷いてみせた狐に場所を譲る。
どうすんだろう、と不思議そうに眺める史記の前で、狐の口が大きく開かれ、巨大な火の玉が飛び出した。
(うぇ!? 山火事になんぞ!?)
などと心配する史記を尻目に、口元を離れた火の玉は、枝や葉の隙間を縫うようにして飛んでいく。
独自の意思でも持つかのように、繊細な動きを見せた火の玉は、数センチの狂いもなくドリルの根本に当たり、ドリルと枝とのつながりだけを焼き切ってくれた。
パシュ、パシュ、と邪魔な葉を切り裂いて、ドリルが落下して来る。
やがて地上まで降りてきたドリルは、パコンと硬い地面に深く突き刺さり、直立した体勢でその動きを止めた。
(おぉー、鋭いねー、なかなか使えそうな感じだな)
そんなドリルを眺めて、なんども、うんうん、うなずいた。
今は刃の部分しか無いが、枝などで柄の部分を作ってやれば、使い勝手の良い槍になるように思える。
「なぁ、鋼鉄。今度、槍の使い方、教えてくれねぇ?」
「あいにくだが、俺に槍の心得は無い。真似事なら出来るが、指導は無理だ」
「そう言わずにさ。握り方程度でいい――」
そうしてドリルの使い方に思いを馳せる史記を尻目に、地面に突き刺さるドリルを見つめていた狐が、ぽっ、と親指ほどの小さな火の玉を吹き出した。
「――うぇぃ!?」
驚きの声をあげる史記を無視するかのように、ドリルへと飛んでいった火の玉は、みるみるうちに小さな剣の形へと変わっていく。
そして、ふわっ、と中に舞い上がったかと思えば、垂直に落下して、ドリルを叩き切った。
「…………は?」
状況をまるで理解できない史記のことなど気にもかけず、のしのしと歩きだした狐が、いまだに地面に突き刺さるドリルへと近付く。
そして、くわぁ、と大きな口を開けたかと思えば、ガチンとドリルを咥え、カパン、と真二つに割れってみせた。
そんな狐の行動を称えるかのように、ふわっ、とした甘い香りが周囲に広がる。
「クフォーン」「フォン」「フォンフォン」
そんな香りを皮切りに、おれも、おれもー、とばかりに、他の狐たちも頭上に火の玉を吐き出し、次々と真二つのドリルが出来上がっていく。
そして、誰からともなく、かふかふ、と甘い香りの中身にかぶりついていった。
「……うん、まぁ、ね。食料は大事だよな」
糸といい、ドリルといい。
なんとなくだが、狐達の習性が見えてきた気がした。
「…………美味いのかな?」
「ォン?」
小さく呟いた史記のもとに、ずっと円の先頭を歩いていた狐が、頭の上に半身のドリルを乗せて近付いてくる。
器用に耳の間でドリルを挟みながら、史記の目の前でお座りしてみせた。
「貰っていいのか?」
「クフォン」
甘い香り漂うドリルを持ち上げ、頭をなでてやる。
受け取ったドリルは、金属のようにひんやりとしており、見た目通りの重さを感じた。
『ステンレスでたけのこ型ドリルの器を作って、ドラゴンフルーツを敷き詰めてみました』
そんな感じである。
「うん、良い香りがするな。鋼鉄も食う?」
「あぁ、頂こう」
ポケットから取り出した<採取のナイフ>で中身を切り取る。
狐達の様子を見るに、食べれるのは中身だけなのだろう。
鋼鉄にも差し出しながら、食べやすく切り分けた果肉をヒョイ、と摘んでみた。
見た目とは裏腹に、中身は意外と柔らかく、マシュマロのような弾力を持ち合わせていた。
「……いただきます」
もう一度、美味しそうに食べる狐達を眺めて、気合を入れ直した史記が、ゆっくりと謎の果実を口の中へと運ぶ。
舌先にマシュマロの食感を感じた瞬間に、甘い香りが鼻を通り抜けた。
高級な果実を使った羊羹。
そんな言葉が史記の脳内に浮かんでくる味わいである。
(うまいな。これ持って帰らないと、美雪に怒られるだろうな)
そんな事を思いながら、不思議な果実に舌鼓をうつのだった。