2-28話 赤いバナナ
お風呂場で眠ってしまったらしい美雪を寝袋へと押し込んだ後は、誰からとなく眠りに付いた。
戦力の関係で、男女が一部屋で寝ているのだが、そのような事を気にする体力は、誰にも残っては居ない。
全員が蓄積された疲労に引きずられて、深い眠りに落ちていった。
そうして、静かな夜が過ぎていき、ふと目を開けば、朝日に照らし出された障子が目に留まる。
枕元には、嬉しそうな顔をのぞかせる、美雪の姿があった。
「おはよう、お兄ちゃん。今日はお寝坊さん??」
よしよし、と頭に手を伸ばす美雪を尻目に周囲の様子を伺えば、身支度を整えた柚希達の姿が見えた。
全員分の寝袋が仲良く並んでいた畳の上には、史記が使っている寝袋だけが残されている。
「はい。お兄ちゃんの分の朝ごはん」
そんな言葉とともに、名も知らぬ赤いバナナが差しだされた。
「……あぁ、悪い」
形は完全にバナナなのだが、全体の色が真っ赤だった。
どう考えても、ダンジョン産の果実だろう。
(おぉう、中身も赤いのか……)
普段食べているバナナとのギャップに驚きながらも、大きな口を開けた史記が、赤いバナナをくちいっぱいに頬張った。
どれだけ怪しかろうと、どれだけ見た目が奇抜だろうと、妹から差しだされた物を拒むことは許されない。
(……あ、うまい)
普段食べているバナナよりも強い香りや甘味が、ぼんやりとする史記の脳を刺激してくれた。
「うまいな、これ」
「でしょ、でしょ。えへへー」
自慢げに胸を張った美雪が、嬉しそうに笑った。
そうして美味しいバナナを頬張る史記のもとへ、柚希達が近寄ってくる。
「史記くんがなかなか起きないって珍しいね。やっぱり疲れちゃっていたのかな?」
「あー、そうなのかもな。けどまぁ、じっくり寝たから今は元気だぞ?」
「うん、昨日よりは、顔艶も良く見えるね」
嬉しそうに微笑んだ柚希が、うんうん、と満足そうにうなずいてみせた。
昨日の夜とは打って変わって、誰しもが元気そうな表情を見せている。
岩鳥に襲われた恐怖心も、幾分か和らいだように思えた。
そうして全員が畳の上に腰を降ろし、輪になった所で、柚希が全員の顔色を伺う。
「今後の話をしようと思うの。史記くんは、食べながらで良いから、ちょっとだけ話しをしてもいい?」
反対の声は上がらず、全員が静かに頷いた。
「えーっとね。私達の目標は、美雪ちゃんの部屋に帰ること。そのためにはあの鳥さん達を突破しなきゃいけない、ってことでいいよね?」
出来ることなら今すぐに帰りたい。
最低でも、ゴールデンウィークが終わるまでには、帰る必要があった。
「それでね。そのことに関して、ルメちゃんから提案があるんだって」
柚希の後押しを受けたルメが、すっ、と立ち上がり輪の中へと入り込む。
全員の顔を流し見た後に、ストンと腰を降ろして、ゆっくりとその口を開いた。
『拙者達を助けて欲しいでござる。一緒に岩鳥を倒して欲しいのでござるよ』
突然、コテン、と仰向けになったルメが、足をバタつかせて二本の尻尾をその間に挟み込む。
ついでとばかりに顔までもを足の間へと潜り込ませて、丸くなった。
おそらくは、狐流のお辞儀、もしくは土下座なのだろう。
傍目から見れば、毛皮が丸められているだけにしか見えないのだが、やっている本人としてはかなり辛い体勢だと思う。
(可愛いけど、言葉の意味は全然わかんねぇよ??)
丸くなったルメから視線を外した史記が、状況を知っているであろう柚希へと向き直った。
「……どういうことだ?」
「えっとね。ここは結界に守られた場所で、その結界が壊れそうなの。
結界が壊れちゃったら、あの鳥さん達がここを襲撃に来るんだって。
だからね、守って欲しいみたいだよ?」
「…………は??」
様々な要素を大量に詰め込まれた話に、3人の人間と1匹のスライムが、首を傾げる。
詳しい話しを聞けば、どうやらあの綻びた鳥居が結界の役割を持っているようで、天敵である岩鳥達から、この場所を隠しているらしい。
だが、その鳥居は、入ってくる時に見たとおりボロボロになっており、一度結界を解除して張り直す必要があるそうだ。
『結界を解除すれば、奴らはここに来るでござる。
半日あれば結界を作り直せるのでござるが、現状では勝ち目が無いのでござるよ』
階段の周辺で見た通り、敵の数は多い。
結界が解除された瞬間に、ルメ達の匂いを嗅ぎつけて、あの団体が押し寄せてくるのだ。
「……こちらの戦力は?」
「大人が30匹いるでござる。子供や年寄りは、戦えないのでござるよ」
「30、ねぇ……」
逃げる時に見かけた岩鳥の数は、パッ、と見ただけでも50は超えていた。
多対一でようやく勝てるというルメの話が本当であれば、たしかに勝ち目は無いのだろう。
「それで? 俺達のメリットは??」
『古くなった結界をあげるでござる。1人だけではござるが、敵から見えなくなるのでござるよ』
「あとね。あの鳥さん達は、数が減るか、リーダーが倒されたら、巣穴を変えるそうなの。それ1番のメリットかな」
つまり、ここへ攻め込んでくる岩鳥を倒し続ければ、階段の周囲から居なくなってくれる。
万が一、敵がそのまま居座ったとしても、不要になった結界を使えば、誰かが救助を要請しに行ける。
悪い話には思えなかった。
だが、即決出来るような話しでもない。
「……ルメ、悪いんだけどさ。俺達だけで、ちょっと相談をさせてもらっていいか?」
「わかったのでござる」
史記の要請に対して素直に従ったルメが、不安そうに尻尾を引きずりながら部屋を出ていった。
緊張感が漂う部屋に残された人間達が、不安そうな表情を隠そうともせずに、顔を付き合わせる。
「……悪い話じゃ無いと思うんだけど。どう思う?」
「私はもともと賛成かな。むしろ私達の方が助けて貰うような感じだよね?」
「まぁな。俺達だけで戦うか、ルメ達と一緒に戦うかって話だからな。
それに、敵がこっちに向かって来てくれるなら、地の利は我にあり、って言うところだろ?」
「あぁ、防衛の方が有利だ」
「だよな。なんとなくだけど、そんな話しを聞いたことあるし。
ってか、柚希って、その辺も詳しくなかったか?」
「私?? 有名な本やゲームなんかは、プレイしたことがあるくらいだよ?」
「ってことは、大丈夫だな。
……まぁ、その辺はおいおい考えるとして、あの鳥達をどうにかしなきゃいけないのは、俺達も一緒だからな。
ペールも、美雪も、それでいいよな?」
「はいなのです」「うん!! ユキもがんばる!!」
そういうことになった。