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8話 待つもの

 大きな悩みが解決へと向かい、意気揚々と自宅へ帰った史記を――


「……お兄ちゃん。…………何処行くの?」


「え? あっ……、いや……。えーっと、……うん。

 ……ちょっと、……漫画を借りようかなぁー、なんて……」


「ふゅ? 漫画?

 …………金属バット持って?」


「…………」


――修羅場が待っていた。


 事の起こりは、1時間前に遡る。


 出入り禁止の勝と別れた史記は、鞄を片手に隣のクラスへ乗り込み、美雪を連れ添って自宅へと帰還した。 


 ネットの意見に従って高校指定の体操服装に着替え、水入りのペットボトルと武器代わりの金属バットを手に持ち『いざ、ダンジョンへ!!!』と決意しながら、部屋の片隅でずっと好機を待っていた。


 何故すぐに向かわないのかと言えば、ダンジョンの入口が美雪の部屋にあるため、高確率で美雪にバレるためだ。


 どことなく『悪いことをしてるんだろうな』と後ろめたい感情を覚えていた史記は『出来ることなら美雪にバレないようにしたい。ずっと隠すのは難しいとは思うが、初回くらいはバレずに行って、安全だと確信した後で話をしたい』そう思っていた。


 そんな小さな野望を実現するために、自分の部屋の壁に耳をあてて、美雪が部屋から出て行くのをじっと待っていたのだ。


 そして『コンビニで御菓子買ってくるね。お兄ちゃんは欲しいものある?』なんて言葉を聴いたのが、今から3分ほど前の事。


 カッチャンと玄関の扉が閉まる音を確認し『ヒャッハー、俺の時代到来!!』とばかりに美雪の部屋に侵入。


 すると、どうしたというのでしょう。ダンジョンの入口を眺めている史記さんの後ろから、扉が開く音がするではありませんか。

 しかも、そこにはコンビニに行ったはずの美雪様が立っているではありませんか。


 物音に振り向いた史記は、極上の笑顔を見せる美雪を見つめて固まった。『なぜ? どうして?』などと思ったものの、たいして難しい問題ではない。


 正しい答えは、すぐに史記の脳内を駆け巡った。


 だが、大凡の状況は読めたものの、一応は聞いておくべき場面である。いわゆる様式美というやつだ。


「……美雪。コンビニへ、行ったんじゃ、ないのか?」


「ふっふっふー。フェイントだよ、お兄ちゃん」


 口元でピースサインを作った美雪が、言葉尻に星が付きそうな雰囲気を漂わせる。

笑顔を引きつらせる史記に対して、これまでの作戦を嬉々として語り出した。


「今日の帰り道のお兄ちゃん、なんだか変にワクワクしてたのが気になったの。帰ってきてからずーっと私の部屋の方を気にしてるっぽかったから『何かあるんだろーなー』って思ったんだー。

 だから、声をかけて、玄関を開いて、そのまま閉めて、部屋に戻って来たんだよ、お兄ちゃん」


 したり顔で微笑む小悪魔が降臨した。


 史記のささやかな行動など、すべてお見通しだったようだ。


「あ、そうなんですね。さすが美雪様です。本当に聡明で居られる。いやー、ほんと、自慢の妹ですなー。

 それでは私は少々急用を思い出しましたので、ここで失礼させて頂きますね。お疲れさまでした」


 そんな言葉を残して、史記が部屋から退出……、出来るはずも無く。

 行く手を阻むように美雪の手が史記の視界を遮る。

 その手がそのまま、史記の後ろにあった壁にトンと押し当てられた。


「……お兄ちゃん?

 どこに行くつもりなのかなー?」


 近づけられた顔は史記の口くらいまでの高さしかなく、強い視線も上目遣い。

 そんな可愛らしい美雪のしぐさとは裏腹に、史記の額からは滝の様な汗が流れ出た。


「いや、あのですね、わたくしめに与えられたお部屋に――」


「ちがうよ、お兄ちゃん。

 ユキに見つからなかったら、1人で何処に行くつもりだったのかなー?」


 優しく咲いたユリの様な笑顔を絶やさない美雪だったが、その目は笑顔とはかけ離れた表情を見せる。


 笑顔であるが故に怖い。


「いや、あの、ですね。

 ダンジョンに、行こうかなー、なんて。えへへー」


 そんな恐怖に耐えれる程の強い精神を持ち合わせていない史記は、なるべく穏便に済ませようと、冗談染みた口調で自白した。


 だが、そんな言葉が最後。美雪の顔に貼り付いて笑顔は消え、負の感情が彼女を覆う。


「えへへー、じゃないよ!! 1人でダンジョンに行こうだなんて、なに考えてるの!?

 死んじゃうよ…………。死んじゃやだよ……」


 怒りに変わり、曇り空に変わった。

 大きな瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。


 そこには、先ほどまでの威圧感など無い。


「いや、違うんだよ。大丈夫だから。ちゃんと考えてるから、な。

 だからちょっとだけ、俺の話を聞いてくれるか?

 ……いえ、聞いてください。お願いします」


「…………うん、わかった。聞くだけ、聞いてあげる」


 壁から手を離した美雪が、肩幅に足を開き、両手を胸の前で組み合わせ、仁王立ちの体勢で史記を見つめる。


 そんな健気な態度を見せる美雪に対して、女神様に懺悔でもするかのように、学校の授業中に得た知識を伝えて、自分の考えを伝えた。


 そして、何も語らず、静かに懺悔を聞いていた女神様が、ゆっくりと御言葉を紡ぎだす。


「…………お兄ちゃん。ダンジョン内に居るモンスターって、ダンジョン内で入手した武器以外じゃ倒せない、って知ってる?」


「…………」


 ずっと右手に握り締めていた金属バットが史記の手から滑り落ち、ゴロゴロと足元に横たわった。



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