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2-26話 見知らぬ天井

 再開します。よろしくお願いします。

 ゆっくりと開かれた史記の目に飛び込んできたのは、見知らぬ高い天井と、腹の上に寄り添う美雪の寝顔。


(……ここは?? なんで美雪が泣いてるんだ?)


 ぼんやりとしながらも、涙の跡が残る妹の頭をやさしくなでながら、ゆっくりと上半身を起こせば、美雪の大きな瞳がパッチリと開かれた。


「おにいちゃん……」


「おはよう。寝癖付いてるぞ?」


「……うん」


 美雪の腕が背中へと回され、涙の跡を隠すかのように史記の胸へと額を押し付けた。


 ふわふわの髪をポンポンと押しつぶしながら、周囲に目を向ければ、そこは古びた日本家屋とでも言うべき場所だった。


 寝かさている寝袋の下には畳が敷かれ、8畳ほどの小さな部屋はまっしろな障子が貼られた引き戸で仕切られている。

 特徴的な高い天井には大きな梁が突き出ており、部屋の四隅には膝丈ほどしか無い台座に、火のない油皿が載せられていた。


 ふと障子の隙間から外を覗けば、緩やかに燃える夕日が、周囲を赤く染めているのが見て取れる。


(美雪の膝蹴りで気を失って、神社に運び込まれたってところか?)

 

 そんな事を考えながら周囲を見渡す史記の背後で、静かな音をたてた障子がゆっくりと開かれていった。


「無事で何よりだ」


 ホッとした表情を見せる鋼鉄が、部屋の中へと入ってきた。

 その後ろには柚希とペール、ルメの姿も見える。


「忙しいときに寝てて悪かった。状況は?」


「えーっと、ルメちゃんが執り成してくれて神社――ルメちゃん達が言うところの村の一部屋を借りることが出来たの。一応は歓迎してくれているみたい」


「お風呂にも入らせて貰えるようになったのです」


 大きな胸を張ったペールが嬉しそうに笑った。


「なんかね、お庭に温泉があるらしいよ。だから私達だけでも先に入っちゃおうかなって思って……」


 柚希の視線が史記にしがみつく美雪へと向けられた。

 それに引かれるように、史記も視線を落とした。

 

「ほら、美雪。柚希達と風呂行って来いよ。俺と鋼鉄は後で入るからさ」


「…………うん」


『案内するでござるよ』


 渋々頷いた美雪が、何度も後ろを振り返りながら、ルメの後ろに続いて部屋を出ていった。

 シミひとつ無い障子が後ろ手に閉められ、美雪達の足音が遠ざかる。


 そして、2人だけが残された静かな部屋の中で、史記がゆっくりと言葉を紡いだ。


「……狐達は、信用出来るのか?」


 抑揚の薄い静かな声を発した史記が、真っ直ぐな瞳を鋼鉄の方へと向ける。

 そんな視線に答えるかのように、鋼鉄もまた、まっすぐに史記を見返した。


「敵意は感じない。おそらくだが、俺達を頼りたいようだ」


 返ってきた言葉は、史記の理解が追いつかない物。

 どちらかと言えば、行く宛の無い自分達の方がルメを頼りにここまで来たようなものだ。


「頼る?? どういうことだ?」


「ここは何かしらの問題を抱えているように見えた」


「問題か………。内容はわからないんだよな?」


「あぁ」


 ハッキリと頷いた鋼鉄に対して、史記がわかりやすく肩をすくめて見せた。


「この部屋や温泉が借りられたのも、その関連だと思うか?」


「おそらくな。ルメを助けたとは言え、対応が良すぎる節がある」


「なるほどね」


 どうやら、先に恩を売っておいて後で返して貰う作戦らしい。


 ルメの言動を見る限り、強制的に返してもらおうなどと思っている訳では無いと思うが、助けて欲しいと言い出すのは時間の問題に思えた。

 

「風呂から帰ってきたらそれとなく聞いてみるか?」


「……明日が良いだろう。全員が疲れている」


「あいよ。なら明日にしときますか」


 今日は鳥に襲われて美雪が気絶し、ここに来た時に史記が気絶している。

 それに、歩き慣れない森の中を必死に歩いて来た彼等は、心身ともに疲れ切っていた。


 何気なく瞳を閉じれば、どこからか岩鳥の鳴き声や大きな岩が転がり、ぶつかり合う音が聞こえて来るような気さえしてくるのだ。


 そうして自分の中に巣くう恐怖を追い払おうと、頭を左右に振る史記の耳に、鋼鉄の声が届けられた。


「話しは変わるが、俺はしばらくダンジョン攻略から抜けようと思う」


 驚きに目を見開けば、どこか寂しそうな目をした鋼鉄の姿が映り込む。


「……人数制限の話しか?」


 思い当たるのは、岩鳥から逃げた直後に交わされた、人が多すぎるのかもしないとの言葉。

 誰かが抜ける必要があるのなら自分が抜けると言っている気がした。


 だが、そんな史記の予想に反し、目を伏せた鋼鉄が首を横に振る。


「己の未熟故の話だ」


 徐に鋼鉄の手が胸ポケットへと伸び、中から手のひらサイズになった盾が出てきた。

 以前のような輝きは無く、上半分が溶け落ちているのが見て取れる。


「……直らないのか?」


「無理だな。溶かして新しくした方が早いだろう」


 鋼鉄の手から離れた盾が、ぽてん、と畳の上に置かれた。

 その盾に向かって深く頭を下げた鋼鉄が、再び史記の方へと向き直る。


「休日や放課後は、師のもとで修行させて貰おうと思う」


 強い信念や決意と共に、相棒と呼ぶべき盾を失った未熟さを悔いる気持ちが、その瞳に宿っていた。


「……わかった。

 その修業ってのは、どのくらいかかるんだ?」


「師匠次第だ。早くて夏休み明けだろう」


 早くても3ヶ月。

 その間、鋼鉄の力を頼れないのは辛いが、引き止めることは出来そうも無かった。


 なにより、鋼鉄の力に頼りすぎていた悔いもある。

 空飛ぶスライムとの戦闘での怪我や、今回のルメとの戦闘。どちらも鋼鉄に頼りすぎて居たきらいがあった。


(出来ることなら俺もその修行に参加したいけど、ダンジョンを放置出来ないしな。俺は潜り続けて強くなるしかないか……)


「わかった。鋼鉄が帰ってくるまでには、人数制限をなんとかしとておくよ。律姉がその辺の専門家だろうしな。……早めに帰ってこいよ?」


「了解した。精進しよう」


 2人の男が、掲げた拳をぶつけ合った。


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