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2-23話 ゆれる火


「……えーっと? なにがどうなってんだ?」


 戦意が消え失せた狐を尻目に鋼鉄へと疑問をぶつけたものの、無言で首を横に振られてしまった。


 そんな鋼鉄の変わりとでも言うように、ペールが口を開く。


「『九尾様のお使い様だとは知らなかったでござるよ』って言ってるですよ?」


「…………は??」


 ポカーンと口を開けた史記に、ペールが微笑んだ。


「『美味しい物がある場所に案内するから、助けて欲しいでござる』って懇願してるのです」


「……ペール。おまえ、こいつが何を言ってるのか、わかるのか??」


「はいなのです。史記様が光ってから、わかるようになったのですよ」


「…………」


 ペールからゆっくりと話しを聞いた結果。

 どうやら閃光弾のような光は、史記の胸ポケットから放たれていたらしく、その光をきっかけに狐がおとなしくなり、ペールとの意思疎通が出来るようになったらしい。


「ポケット、ねぇ……」


 何気なく胸ポケットに突っ込んだ指先に、滑らかな布が触れた。


「……あ、うん」


 指先で摘まれて出てきたのは、<安全祈願>の文字が書かれた小さなお守りだった。


 運が悪い事を理由にお祓いしてもらった際に貰ったお守りである。


「……星城さんのとこの神社って、御神体キツネなのか?」


「記憶にないが、そうなんだろう」


 なんとも胡散臭そうな表情を浮かべたお守りと狐とを見比べる。


 九尾を祀る神社で貰ったお守りが光りを放ち、狐のモンスターと話が出来るようになった。


 なんともファンタジーな話ではあったが、『まぁ、ダンジョンだから』という便利な言葉で納得する他に道はない。


「俺、ここを脱出したら、星城さんとこの神社にお礼に行ってくるわぁ」


「そうだな。俺も同伴しよう」


 それまでのぞんざいな扱いとは打って変わって、額に当てるようにして祈りを捧げた史記が、大事そうに胸ポケットへと仕舞い直した。


 美雪達と合流した後で、念のために<鑑定の眼鏡>で見てもらったのだが、この狐……二尾の炎(ツィンヴェルメ)は<フレンド状態>になっているそうで、敵対の危険は無くなったそうだ。


「狐ちゃんの名前は? なんて呼んだらいいの?」


『名前は無いでござるよ』


「んゅ? そうなの? 狐ちゃんは、女の子? 男の子?」


『狐火の似合う乙女でござるよ』


「そうなんだ。ん~、じゃぁ、ルメちゃんで!!」


 <フレンド状態>の詳細はわからないが、ペールの同時通訳を介して、そんな会話が成立するくらいにはフレンドだった。


 最早、命のやり取りをするような雰囲気は、どこか遠くの方へと消え失せていた。


「ペール。この前預けた傷薬、出してくれるか?」


「はいなのです」


 Fランク冒険者の試験を受けた際に作った傷薬を受け取った史記が、流血する後ろ脚へと視線を合わせる。


「傷薬をかけるからな。しみるかも知れないけど、我慢しろよ?」


『かたじけないでござる』

 

 ペットボトルのキャップを外し、中に入っていた綺麗な水色の液体をゆっくりと流しかけていった。


「おぉ~、ルメちゃんが綺麗になってく~」


 美雪が目を輝かせる前で、血を流していた傷口がみるみるうちに塞がっていく。

 部長の言葉に偽りは無く、本当に即効性の高い傷薬だったようだ。


(本当なら俺達が怪我をした時のために温存しておきたかったんだけど、このまま放置するわけにもいかなもんな)


 少々惜しい気はしたものの、なんのかんのとすべての傷薬をかけ終えた頃には、ルメの傷もすっかりと癒えていた。


『動くでござる。動けるでござるよ!!』


 体の具合を確かめるように飛んだり跳ねたり、走り回ったりと、せわしなく動き回っていたルメが、嬉しそうに二股の尻尾をフリフリさせながら、史記の足へと擦り寄った。


『お使い様のお陰でござる。恩返しは十分にするでござるよ』


「恩返しか、そうだな。ちょっとだけ頼ってもいいか?」


『なんでも言ってくだされ。なんでもするでござるよ』


 上目遣いでくりくりの目を向けてくるルメの頭に手をのせ、つやつやの毛並みと耳の感触を楽しみながら頭を撫でれば、嬉しそうに『クーン』と鳴いてくれた。


「お兄ちゃんばっかりずるい。ユキもモフモフする!!」


 なんとも言えない可愛らしさに目を細める史記を尻目に、ルメの背後をとった美雪が、2本の尻尾にガバっと抱きついた。


「むふぅ~~、ふかふかー」


 嬉しそうな笑顔を浮かべた美雪が、わしゃわしゃと尻尾や背中、お腹の柔らかい毛並みを全身で体感していく。


「ペールちゃんも来る? 暖かくてもふもふだよ!!」


「いくのです!!」


 伏せた状態のルメを左側から美雪が抱きつき、右側からペールが抱きしめた。

 

「ふふっ、ホントにふわふわなんだね」


 いつの間にか顔の前に横座りしていた柚希の白い手が、ルメの顎の下へと伸ばされ、くしくしと軽い刺激を送っていた。

 

「キュゥ、クーン」


 気持ちよさそうに目を閉じたルメが2人の少女に捕縛されている尻尾をパタパタと動かし、『ルメちゃん、くすぐったいよー』と楽しそうな悲鳴があがる。


「……たぶんだけど、長いよな?」


「あぁ、長いな」


 途方に暮れる男達を尻目に、幸せなもふもふ大会は、30分近く続けられることになった。



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