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2-21話 淡い初恋


 妹に抱きしめられる史記を横目に、安堵の表情を浮かべた美雪が、草の上へと腰を降ろした。


 ふーー、っと息を吐き出して周囲を見渡せば、木に背中を預けて座る鋼鉄の姿が映り込む。


 そこから少しだけ視線をずらせば、嬉しそうな表情を浮かべたペールが、兄の背中を擦る美雪にペットボトルを差し出していた。


 誰しもが不安から開放された喜びに安堵し、自覚した疲れに身を委ねていた。


「今度こそ、休憩かな」


「そうだな」


 風に乗った木の葉の音。

 兄を気遣う優しい声。

 仲間たちの息遣い。


 眠気すら感じる安らぎの中で、頭上を見上げれば、木々の隙間から青空が覗いていた。


 だがそれは、つかの間の平穏に過ぎない。


 唯一の出口だと思う階段が敵に占拠されている状況から、目を背けているだけでしかなかった。


「2階がこんなに強いなんて思わなかったね。私の判断ミス」


 瞳に深い影を落とした柚希が、儚げに笑ってみせた。

 必死に打開策を模索しているものの、有効そうな考えは出てこない。


「人数だな」


「え?」


 風に流される小さな声に顔を上げれば、遠くを見つめる鋼鉄の唇が静かに動いていた。


「ペールが1人としてカウントされたんだろう。

 俺達は4人から5人になった」


「……そっか」


 何気なくペールを流し見れば、甲斐甲斐しく淡路兄妹の世話を焼いている。


 2階も初めてだが、5人でダンジョンに入るのも初めてだった。


『日本で初めてダンジョンに挑戦した自衛隊が全滅した原因は、その人数にあった』


 歴史の教科書にも掲載される話である。

 ダンジョンによって適正人数は異なり、人が多くなれば敵の数も急激に多くなる。それは潜ってみないとわからない。


 美雪の部屋に出来たダンジョンは、4人が限界だったのかもしれない。


「人になったメリットはデカイ。彼女に責任は無いだろう」


「そうだね」


「無論、應戸にもだ」


「……うん」


 木の葉に遮られる空に向けて、柚希が微笑んで見せた。


「休憩のあとは、周囲の散策でいいのかな?

 戻ったら岩になっている、なんてのは都合が良すぎるよね?」


「あぁ。もし岩だったとしても、恐怖で歩けないだろう」


「そうだよね……」


 いつ動き出すとも知れない岩の隙間を歩くなど、出来そうも無かった。


「森のなかで使えそうなアイテムを探す。それでいいかな?」


「それが無難だろう」


 全員の疲れが抜けるのを待ってから、あるともしれない打開策を探すことになった。




 鬱蒼とした森は見たことも無い物で溢れていた。


 ピンク色のウニにしか見えない果実や大きな口を開けた黄色い魚に見える花、虹色の木の実に矢のような草。


「美雪。あれは?」


 史記が指差した先にあったのは、ハートの形をした小さな実。

 葉や枝に隠れるようにしてひっそりとピンク色の木の実がぶら下がっていた。


 史記の視線を頼りに、美雪がキロキロと木の周囲を動き回る。


「んゅ? どれ??」


 ふわふわの髪を揺らしながら、見上げることによってズレる眼鏡に手を添えて、枝の隙間を覗き込んだ。


「おぉー、ほんとだ、あった。

 えーっと、<淡い初恋>甘酸っぱくて美味しいけど、すぐに無くなっちゃう、だって」


「……あ、うん。美味いなら確保しときますか。ペール、行けるか?」


「はいなのです。任せるですよ」


 史記の指示を受けたペールが、スルスルと見上げる程の大木を登っていく。

 <淡い初恋>を刈り取るために……。


「もらっちゃうのです」


 幹のデコボコや枝を頼りに木の実へとたどり着いたペールが、<淡い初恋>を摘み取り、枝から飛び降りる。


 見上げるほどの高さから飛び降りたペールは、ワンピースがめくれることを気にもとめずに、固い地面へと降り立った。


 大丈夫なのか!? などと心配する人間達をよそに、嬉しそうに<淡い初恋>を差し出して来てくれた。


「痛い所とかはない?」


「ないのです。スライムには朝飯前なのですよ」


「そっか、ありがとね。収納しててもらえるかな?」


「はいなのです」


 頭を撫でられたペールが嬉しそうに目を細め、<淡い初恋>を体内へと収納した。

 <淡い初恋>を失った大木が、どこかさみしげに葉を揺らしている。

 

『食べ物はいっぱいあった方がいいよね?』


 ということで、次々と怪しげな食べ物達を採取しながら森を進むものの、肝心の打開策に繋がるような物は見えてこなかった。


 そうして歩いているうちに、森を切り裂く道へと出た。あの鳥達に襲われる前に進もうとしていた道である。


 方向感覚に自信があるというペールと、海外でも道に迷ったことがないという美雪の感覚を頼りに、森の中をまっすぐに進んでいたはずなので、彼女達に間違いが無いとすれば、道の方が曲がってきたのだろう。


「…………」


 誰しも足を止め、無言で表情を強張らせる。

 

 出来る限り音を殺して木々の隙間から顔だけを出して、道の様子を覗き見た。 



 あの鳥の姿は……無い。



「っ!!」


 鳥の姿は無かったが、土の道の上には岩が転がったようなテコボコの後が残り、所々に押し倒された木の姿があった。


 そしてその道の中央に、血の付いた小麦色の毛皮が丸まっているのが見える。


「……きつね、か?」


 史記のつぶやきに答えるかのように、毛皮の中からキリリとした顔と二股に別れた尻尾がすーっと持ち上げられた。


「キーーャゥ!!」


 森から顔を覗かせる人間達を威嚇するように、甲高い声が放たれた。




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