2-19話 鳥の襲来
(やばい!!)
突然動き出した岩に弾かれたかのようにその場を離れた史記は、迫りくる恐怖心を押さえ込みながら、美雪のもとへと駆け寄った。
「お、おにいちゃん……、…………」
口をパクパクさせる美雪を抱き起こした史記の耳に、焦りを滲ませた鋼鉄の声が飛び込んでくる。
「逃げるぞ!!」
チラリと後ろを振り返った史記の目に映るのは、2メートルはあろうかという大きな鳥の姿。
ゴツゴツとした岩に覆われた翼をわさわさと羽ばたかせた巨大な鳥が、けたたましい声を張り上げていた。
「ギュォーーーン」
怪獣映画のような鳴き声に呼応するかのように、周囲の岩が動き出し、次々と鳥の形に切り替わっていく。
1,3,5,10、20と連鎖的に増え始めたその鳥たちは、瞬く間に砂利に覆われた空間を埋め尽くしていった。
「変形ロボかよっ!!」
敵の数はパッと見ただけでも50は超えている。
その大きな見た目からしても、弱い相手には到底思えなかった。
「鋼鉄は進路の確保。ペールは柚希を背負え!!」
「任された」「はいなのです」
動く岩の壁から目を背けた史記が、恐怖に顔を引きつらせている美雪の前でしゃがみ込んで背中を見せる。
「乗れ」
「えっ? でも、お兄ちゃ――」
「いいから早く!!」
「っっ!!」
見た目通りの軽い体重を背中に感じながら、鳥たちから離れるために走り出した。
今すぐにでも地上へ戻りたいところだが、階段の方向は鳥たちが壁を作ってしまっている。
史記達に残された道は、森を切り裂く細い道。それだけしか残されていない。
「お兄ちゃん……」
泣き声混じりの美雪の声と共に、ガチャンという石と石とがぶつかり合う大きな音が届き、地面からは不自然な振動を感じた。
「何が起きてる!?」
「鉱石鳥が岩になって転がってくる……」
「はぁ!?」
呟くように放たれた言葉に、思わず後ろを振り返った史記は、自分達に向かって転がってくる巨大な岩の姿を視界に捉えた。
その岩の後方では、盛大な鳴き声と共に数メートルだけ空中へと舞い上がった数羽の鳥が、体を丸めて回転している姿が見える。
「ッチ!!」
転がり来る鳥はかなりのスピードで、どう考えても自分達が走る速度より早い。
何台もの大型トラックが猛スピードで突っ込んでくるような、絶望的な雰囲気だった。
「森の中に滑り込んで!! あの大きさなら入ってこられない!!」
弾かれるように森の方角へと目を向けるものの、まだかなりの距離が残されていた。
だが、他に良いアイディアが出るはずもなく、今はただ、がむしゃらに走るしかなかった。
「……っく」
ペールに背負われた柚希の背中を必死に追うものの、後方から聞こえてくる岩の音は徐々に大きくなってきている。
圧迫感が増し、砂利を踏みつける音が真後ろから聞こえてくる。そしてついには、弾かれた小石が転がっていく姿が視界の端に映り込むようになっていた。
(逃げ切れねぇ!!)
後ろの様子を直接見なくても、切迫した状況は伝わってきた。
耳元から聞こえる美雪の息遣いも荒々しい物へと変わり、時折息を飲む声が聞こえてくる。
(せめて美雪だけでも!!)
「お兄ちゃんっ!?」
突然足を止めて体ごと振り向いた史記の行動に、美雪が悲鳴混じりの声があがった。
「くっ!!」
振り返った史記の目に飛び込んできたのは、回転する巨大な灰色の塊。
敷き詰められた小石を蹴散らすように進む岩との距離は、1メートルも残されていない。
(美雪を降ろしてる暇すら無いのかよっ!!)
迫りくる岩は見るからに速く、重量もあるように思えた。
先頭にある岩だけでなく、その後方からも無数の岩達がこちらに向かって転がってきていた。
背後から誰かが叫ぶ声が聞こえるが、気にしているような余裕は無い。
史記の頭にあるのは『目の前に迫った岩から柚希を守る』それだけだった。
目の前にある岩をどうにか出来ても、何かが変わるとは思えない。
1人の人間がどうにか出来るとも思えない。
それでも、背中に居る大切な宝物を守るために、兄は腕を前へと突き出した。
「いやーーーーーーーーーー!!!!!」
迫りくる騒音をかき消すように叫ばれた天使の悲鳴が、兄の耳を通り抜けていった。