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2-18話 淡路家の2階


 降り立った先は、背丈と同じ位の大きな岩が周囲に点在する空間だった。


 砂利が敷き詰められた地面の上に、岩が等間隔で並んでおり、前後左右どこを見てもその岩達が視界を遮っていた。


 岩の迷路にでも迷い込んだかのような感じである。


 そんな岩石地帯に降り立った史記が、どこか居心地が悪そうに眉をひそめた。


「……なんか嫌な感じがしないか?」


「あぁ、どこからか見られている。気をつけろ」


「……あいよ」


 短いやり取りの後に鋭い視線を周囲へと向けるものの、見える範囲に怪しい影はない。

 そこには岩と小石だけの世界が広がっていた。


 だが、たしかに何者かの意識らしき物は感じる。


『待ち人が列を成すトイレの個室の中』。姿は見えないけれど、たしかに外に人はいる。そんな感覚だった。


「敵が近くに居るですよ!!」


 どうやらペールも同じような感覚を持ったようで、ツインテールと大きな胸を揺らしながら、飛ぶようにして階段を駆け下りてくる。


 スカートがはためくことも気にかけずに、ざざーっと滑り込むようにして史記と鋼鉄の前を陣取ったペールが、両手にナイフを出現させながら、腰を落として周囲を睨みつけた。


「……うにゅぅ?

 居るのですが、居ないのです」


 だがそんな勇ましい視線も徐々に消えていき、やがては不思議そうにコテンと首を傾げてしまった。

 

「なんだか、へんな感じなのです」


 違和感の正体。敵の位置。周囲の状況。

 いろいろなものを探ろうと試したペールだったが、何一つとして情報は得られない。


 彼女の目にも、周囲に点在する岩が映り込むだけだった。


「……どうする?」


「情報が不足している」


「はいなのです。わからないのですよ」


 互いに背中を預けながら振り向くこと無く声をかけあうものの、誰しもが次なる一手を見いだせずに居た。


 そうして見えない敵の姿を必死に探す史記達のもとに、美雪と柚希も合流したものの、彼女達は『イヤな気配』すら感じ無いようで、現状が変わることはなかった。


「お兄ちゃん。結構、ヤバイ感じなの??」


「……いや、正直、よくわかんねぇ」


「ふぇ??」


 振り返ることもせず周囲の変化に気を配り続けている史記の瞳に、困惑の色が浮かんでいた。


「見られてる気がするんだけど、ヤバイって感じでもないんだよな」


「んゅ? そうなの??」


「あぁ」


 周りに居る人達は、トイレの順番を待っているだけ。そんな雰囲気しか感じなかった。


「う~ん、どうしよっか? 帰っちゃう?」


 史記の背中をじっと見つめていた美雪が、くるんと柚希の方へと向いた。

 困った時の柚希様。それがこのパーティのしきたりだった。


「ん~、……どうしよっか?

 ペールちゃんも史記くんと同じ意見なの?」


「はいなのです。敵意はないのですよ。ぼーっと眺められてる感じなのです」


「そうなんだ……」


 消え入りそうな声で『ん~、ん~』と小さく唸った柚希が、指先で髪をいじりながら思考の世界へと入り込んでいく。


(見られているけれど、敵意は感じない。

 危なそうなら今すぐ帰っても良いんだけど、出来るのなら少しだけでも探索した方がいいよね?

 ダメだなって思ったら階段に逃げ帰ればいいと思うし、敵の姿だけでも見ておきたいかな? ……うん、決めた)


「ちょっとだけ散策する?」


「……そうだな。ずっとここに居ても仕方ないもんな」


 反対する者も居らす、そういうことになった。


「ペールちゃんが先頭で、その後ろに鋼鉄君。史記くんは一番うしろをお願い。

 敵を見つけたら階段まで逃げ帰る感じでどうかな?」


「いいと思うのですよ。索敵はペールにおまかせなのです」


 逆手に持ったナイフをクロスさせるように構えたペールが嬉しそうに笑う。


「それで、どっちに行くですか?」


「あっちの山のふもとのあたりに、ちょっとだけ開けた場所があったから、行くならそっち側かなって……」


 階段を下りてくる途中に見た限りでは、階段を中心に円を描くようにして岩場があり、その周囲を森が取り囲んでいるように見えた。


 そしてその森の中に、木々の無い場所があったのだ。


 1階とは異なり、ここには家のような目標になるものも無ければ、道のようなものも無い。

 目標になるような場所は、そこしかなかった。

 

「みんなで固まって行動して、危なくなったら鋼鉄君の盾の後ろに隠れながら逃げる。そんな感じかな」


「はいなのです。ではでは、行きますですよ」


 ゆっくりとした足取りで周囲に目を配りながら、持てる感覚のすべてを用いて岩の間を進んでいく。


 足元から鳴る砂利の音を聞きながら、岩と岩の間を抜ける。

 互いの死角を補いながら視線を隅々にまで動かすものの、敵は見つからなかった。


 1個、2個、3個と、岩を通り過ぎるものの、何かが起きることも無ければ、何者かの気配が消えることもない。


「っ!! ……やっぱり居ないのです」


 岩陰を覗き込むようにペールが走り出してみるも、そこには岩が作り出す影と小さな石が存在するだけだった。


(この岩がお墓的な物で、視線は幽霊とかじゃないよな!?)


 そんな考えが史記の脳内をよぎるが、確かめる手段は無い。


 そうして何とも言い難い不安を感じながら砂利の上を歩く史記達の目に、土の地面とそこに生える木々が写り込んだ。


「何事も無く森まで来たな。……どうする? このまま進むか?」


 最後の岩を背にした史記の視線の先には、森を切り裂く一本の道があった。車1台がギリギリ通れそうな、土を固めただけの細い道である。


 その道の周囲に広がるのは、樹海とでも呼ぶべき鬱蒼とした森。

 膝丈ほどありそうな草やトラップのような木の根、視線の高さには縦横無尽に伸びた枝が史記達の行く手を阻むかのように広がっていた。


 もしこのまま進むのならば、その道以外に選択肢は無さそうだ。


「……ちょっとだけ休憩するか」


「そうだな」


 ここに来るまでに要した時間は20分も無いだろう。

 だが、慣れない環境と慣れない緊張感に包まれていた彼等の体力は、その時間以上に削られていた。


「ふゅ~。疲れたー」


 スカートが汚れることなど気にもとめずにその場に座り込んだ美雪が、澄み渡る空を見上げて、吹き渡る風を感じた。


 ひんやりとした石の地面は少しだけ居心地が悪いものの、少しばかり火照った体には、なんとも嬉しく感じられる。


 見えない敵に怯えていた岩陰も、小さな雲が浮かんだ空を背景にぼんやりと眺めている分には、白いキャンパスに描かれた絵画のようで、なんとも心穏やかな雰囲気を運んできてくれた。


「ペルちゃんも一緒にすわる?」


「はいなのです。でもその前に、お水を配るのですよ」


 ツインテールをなびかせたペールが、パタパタと柚希のもとへと走っていった。

 まずは御主人様から、そういうことなのだろう。


「ペールは元気だねぇ……」


 腕を組ながら苦笑いを浮かべた史記が、岩に背中を預けて目を閉じた。




 ――その瞬間。




「うぉっ!!!!」


「ギュォーーーーーーーーン」



 背を預けたはずの岩が突然2つに割れ、鳥の鳴き声が周囲に響き渡った。


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