2-17話 新たな扉
ゴールデンウィーク。
それは、新社会人や新入生達に与えられた、つかの間の休息。
新しい環境、新しい人間関係、そんなストレス達から一時的に開放され、心身ともに落ち着きを取り戻す、そんな期間である。
しかも今年は、何年かに1度の当たり年らしく、土曜日から始まっての5連休。
『この機会に旅行でも行くか』などと、日本全体が歓喜に湧いていた。
そんなゴールデンウィークの始まりの日。
朝露が光に照らされてキラキラと輝いている頃、淡路家には、史記と美雪、柚希にペール、鋼鉄の姿があった。
「うっし、行くか」
「うん」
美雪の部屋に出来たダンジョンの入り口を前に、全員がわくわくとした表情を浮かべていた。
鋼鉄の怪我はすでに完治しており、これから数日間は学校に行く必要も無い。
連休中の宿題が出されているために完全な自由とは言い切れないが、暇な時間とお泊り用のテントを手に入れた史記達は、気の赴くままにダンジョンを探索をしようと目論んでいた。
「あっ、ちょっと待って。
ペールちゃん。水と食料はちゃんとある?」
「はいなのです。お水とご飯にテントと宿題。しっかりと収納したのですよ」
「うん。なら大丈夫かな」
どこか不安げな表情を見せながらも、柚希がしっかりと頷いた。
水は2リットルのペットボトルを15本。食料は缶詰のカンパンが1日分。
小さく折りたたんだ2つのテントといくつかの調理器具、そして人数分の宿題がペールの中に収納されていた。
食材は現地調達が基本で、1泊だけして1度帰宅する予定なのだが、ペールのお陰で大量に持ち込んでもデメリットが無いため、かなりの余裕を持たせてある。
水に関しては、海外旅行の経験がある柚希の意見を参考に、多めに用意してあった。
「それじゃ、改めて、行きますか」
「はーい」
そして5人は、淡路家のダンジョンへと入っていく。
「歩いて入るのは、なんだか不思議な気分なのですよ」
両手を大きく広げて両サイドの壁に手を伸ばしたペールが、嬉しそに微笑んだ。
壁の様子や地面の感触を確かめるようにくるくると動き回り、藍色のツインテールをふさふさと揺らしている。
「んゆ? ……そっかー、ペルちゃんがおっきくなってから、初めてのダンジョンなんだ」
「なのですよ。ずっと柚希様のポーチの中だったです」
(あと、おっぱいの上とか、おっぱいの中とかな)
「……なんだか、史記様の目が、いやらしいのですよ」
「ん~、しょうがないよ。だって、お兄ちゃんだもの」
「…………」
そんな会話を繰り広げながら石の階段を下り、宝箱があった部屋を抜けて、1階への階段へ向かう。
……その道中。
「お兄ちゃん……、あれ……」
何枚もの扉が並ぶ通路で突然足を止めた美雪が、隣を歩く兄の袖口を引っ張った。
「ん?」
全員の足が止まり、何事かと身構える。
そんな仲間達の視線を浴びながら、ゆっくりと右手を持ち上げた美雪が、ある一点を指差した。
そこにあったのは、開かれた扉。
1階へ降りる部屋とは別の場所が、ぽっかりと口をあけていた。
「柚希。どう思う?」
「え? 私!? ……えっと、なんとなくだけど、嫌な感じはしないから、中の様子を伺ってみたらいいんじゃないかな? このまま放置するのもあれでしょ?」
「……まぁな。このまま放置は気持ちわるいよな。とりあえず、確認だけでもしてみるか」
「うん。それがいいんじゃないかな」
念のために全員の顔色を伺った史記だったが、誰からも反対の言葉は上がらない。
全員が固まるようにして、ゆっくりとその入口付近まで足を進め、恐る恐る中の様子を覗き見る。
(……最初の部屋と一緒か??)
そこにあったのは太い木としめ縄。
1階に降りる部屋と同じ光景が広がっていた。
ただ、中央に掛かる紙に書かれた文字だけが、1から2へと変化している。
「……2階への階段か?」
「うん。そうみたい。『1階よりちょっとだけ強いから、気をつけてね』だって」
思い当たった予想と共に美雪の方へと視線を送った結果、帰ってきたのは肯定の言葉。
いつのまにか、2階への扉が開いていたようだ。
(もしかしたらこの先に、スライムの刺身を超える美味しい物が……)
怪しげなモニュメントに挟まれた無機質な階段を眺める史記の脳内に思い浮かぶのは、1階ののどかな風景と、刺身の旨味と、それを頬張る美雪達の笑顔。
(……行ってみてもいいかな)
そう思うくらいには、ダンジョンに慣れてしまっていた。
「どうするよ? とりあえず、行ってみるか?」
「いくいく~!!」
「はいなのです」
「私も賛成かな」
女性陣が賛成の声を上げ、鋼鉄が大きく頷いた。そして、ペールの元へと歩み寄る。
「先頭は任されよう。盾を出して貰えるか?」
「はいなのです」
目を閉じたペールが腕を前に掲げると、スマホサイズにまで小さくなった盾がにゅるんと湧き出てきた。
「行くぞ」
両手で大盾を構えた鋼鉄が、ゆっくりと階段を下りていく。
その大きな背中に守られながら、史記達がダンジョンの2階へと足を踏み入れた。