2-16話 賢者の店 2
「なにが欲しいか、このババァに言うてみなされ。伝説の武器でも、ドラゴンの目玉でも用意するぞぇ、ィーヒッヒ」
「……あー、すいません。お金はあんまりないんですけど、少しだけ見させてもらってもいいですか?」
「ひっひっひっ、このババァの話し相手もしてくれるなら、大歓迎さね」
かなり怪しいお婆さんを尻目に3人が店内を物色する。
まずは入り口近くにあった、防具のコーナーへとやって来た。
壁に埋め込まれた棚は見上げるほど高く、今にも崩れ落ちてきそうなほど、鎧や兜、鎖帷子などが押し込められていた。
地震が発生して中身が崩れ落ちてきたら、絶対に助からないだろう。
(おっ、これかっこいいかも)
史記の目に止まったのは、近未来を思わせるボディスーツだった。
ズボンと上着、マスクの三点セットのようで、それを身につければヒーローにでも成れそうな雰囲気を感じる。
「ひっひっひ。防御力は折り紙つきさね。買うかえ?」
何気なく覗いた値札に描いてあった文字は、<40,000,000>。
(……、いち、じゅう、ひゃく、せん……、4千万円って……)
「あははー、そのうち買いたいですねー」
丁寧に、慎重に、細心の注意を払って棚にお帰り頂いた。
田舎の方なら、土地付きの家が手に入るレベルである。高校生が触って良いものでは無かった。
そんな防具達から少しだけ視線を横にずらせば、傘立てに無造作に突っ込まれた木の枝が目に止まった。
普通の木の枝にしか見えないそれも、値札には3億円の文字が書き込まれている。
「……あー、あそこに刺さってる枝ってなにものですか?」
「あれらは、魔法の杖さね。土系なら1億で足りるが買うかえ?」
イーヒッヒと笑う老婆から目を逸らして、ちらっと後ろを流し見れば、美雪がハッキリと頷いてくれた。
<鑑定の眼鏡>から得られる情報とも一致しているようだ。どうやら本当に魔法の杖らしい。
「魔法ってあるんですね。知りませんでしたよ」
「イーッヒッヒ。そうかいそうかい。魔法装備は出回らないでな。普通は知らんよ。
使えるのは1人だけで、お古は禁止じゃからのぉ」
そんな出回らない商品が、傘立ての中に20本近くある。最低でも22億円以上の傘立てだ。
「ちなみにどうやって使うんですか?」
「精神を強く持って、エイヤ、じゃねぇ」
「えいや、ですか……」
「そう、エイヤ、じゃ。イーッヒッヒ」
どうやら魔法とはそういうものらしい。
空飛ぶスライムと戦った祭壇で手に入れた<神事の魔導書>。
魔法が使える武器だと知り、何度か試した事があったのだが、未だに魔法は発動出来ていない。
そのため、コツなんかが聞ければ良いなと思っての質問だったのだが、エイヤ、ではなんの解決にもならなかった。
だが、少なくとも、偽物やまがい物を売るような店では無さそうだ。
(この店が信用出来ることもわかったし、そろそろ本題でもいいかな)
そう決意し、柚希の方へと視線を送った史記だったが、そのタイミングで誰かが階段をあがってくる音が聞こえた。
「てんちょー、この剣ってここでいいんですかー? わわっ、お客さん……」
ついさっき注文を聞いてくれたハンバーガー店の店員さんがそこに居た。
「有愛ちゃん、教えたでしょ? ここでは店長じゃなくて賢者様」
「はわっ、そうでした、ごめんなさい、てん……じゃなかった、賢者様」
「ひっひっひっ、そこに置いておきな」
どうやらこの賢者様。ハンバーガー店の店長もやっているらしい。
ガバっと音がしそうな勢いで深く頭を下げた有愛ちゃんが、パタパタと階段を下りて行く音を聞きながら、
(うん、気にしないことにしよう)
そう決意した史記が、今日の本題を切り出した。
「この子に合う武器が欲しいんです。なるべく、出来るだけ、本当に安いものがあれば見せてくれませんか?」
史記の視線にひかれるように、賢者様の視線がペールの方へと向いた。
「イーッヒッヒ。お嬢ちゃんは従魔じゃぇ?」
「はいなのです。スライムなのですよ」
「いい御主人様に会えたようのじゃなぁ」
「ですです。幸せなのですよ」
ペールが嬉しそうにペコンとお辞儀をした。
「どんな武器がほしいんじゃぇ?」
「ペールの武器はスピードなのです。サク、ピシュ、シュァー、な感じがいいのですよ」
「さく、ぴしゅ、しゅあー、じゃな。イーヒッヒ。ちょっとまっとれ」
史記には全く理解出来なかったのだが、賢者様にはわかったようで、一度店の奥に引っ込んだ老婆が、2本のナイフを持って姿を見せた。
「これでどうかぇ?」
手渡されたナイフを両手に持ったペールが、その場でクルっと回ってみせる。
ふわりと膨らむスカートと共にツインテールが舞い踊り、その間を2本のナイフが走り抜ける。
「良いのです。素敵なのですよ!!」
どうやらかなり気に入ったようだ。
ひまわりのような笑顔を見せるペールの手元にあるナイフに付けられたタグには、5万円の文字が踊っていた。
たしかにこの店で見た物の中で一番安いのだが、それでも2本で10万円だ。高校生のおこづかいで買えるような範囲では無い。
「そうさのぉ。2000円でいいぞぇ」
「え!?」
目をまるくして驚く史記に対して、賢者様が笑ってくれた。
「高校生なら将来性も高いからのぉ。従魔が人化するほどの愛情もあるようじゃし、先行投資じゃて。
出来そうな依頼があれば受けてくれると嬉しいぞえ。買い取りもやっとるぞ」
打算的な言葉とは裏腹に、好々爺とした笑顔が滲み出ていた。