2-15話 賢者の店
放課後になり、美雪と柚希、ネックレスから出てきたペールと一緒に、律姉オススメの冒険者専門店へと向かった。
鋼鉄は足の状態を診てもらうために接骨院へ行ったので、本日は不参加である。
もちろん<恋愛勇者>は教室に置き去りにしてきた。
大通りに面したドアの前に立った史記が、ゴクリと唾を飲み込み、決意と共に前へと踏み出す。
その歩みに合わせて、ガラス張りのドアが自動で開いてくれた。
「いらっしゃいませー。ご注文をお伺いします」
入った瞬間に聞こえてきたのは、若い女性の元気な声。
店内には美味しそうな香りが広がっており、席に座ってお喋りに興じる高校生のグループの姿も見える。
「あっ、いや、ちょっと聞きたいんで――」
「<テリヤキ>と<チョコシェイク>、Mサイズっ!!」
恐る恐る尋ねる兄の声を遮り、美雪が声をあげた。
「かしこまりました。他にご注文はございますか?」
出鼻をくじかれた史記が肩をすくめて後方へと視線を向け、柚希が首を左右に振った。
ペールからは『同じのを食べてみたいのです』と上目遣いでお願い事が帰ってくる。
「同じセットをもう1つ。あと、<バニラのS>を2つください。とりあえず、飯は以上で。
それと、知り合いから『冒険者用品を売ってる』って聞いたんですが……」
「え? あ、はい。ダンジョンの関連商品はそちらのドアからお入りください。
そちらのカードキーに免許証をかざして貰えば扉が開きますので」
店員が指差した先には、重そうな鉄の扉があり、見えやすい位置に<関係者以外立入禁止>と書かれていた。
壁にはカードキーらしきものの姿もある。
律姉にオススメされた冒険者の店は、学校の帰りにある世界規模のハンバーガーチェーン店だった。
どうやらその一角に冒険者専門店があるらしい。
疲れた時などはこの店で夕食を済ませることもあるため、淡路兄妹にとっては通い慣れた馴染みの店なのだが、冒険者用の物が売られているなどとは初めて聞いた。
(もしかして律姉のやつ、また何か企んでるんじゃ……、まさか、俺にここの女性用の制服を着せるための罠か!?)
などと思っていたのだが、先程の定員の反応を見る限り、その心配もなさそうだ。
「はーむ」
待たされることもなく出てきたハンバーガーを持って席に着くと、早速とばかりに<テリヤキ>を両手で握った美雪が、嬉しそうに大きな口を開いてかじりついた。
「んふー」
口周りがソースで汚れる事を気に止めることもなく、嬉しそうな声をあげて<シェイク>へと手を伸ばす。
「んぃふぃ~」
そしてまた、嬉しそうな声を上げて満開の笑顔を咲かせる。
「美味しいのです。史記様や美雪様のご飯とはまた違った味わいがあるですよ」
本日がファーストフード初体験のペールも、ガツンとくるその味わいを気に入ったようだ。
並んで口周りをケチャップで染める2人の様子を眺めた史記が『ふぅ』と浅い溜息を吐き出すものの、その顔には控えめな笑顔が浮かんでいた。
ツインテールをフリフリさせるペールの隣で、美雪がゆるふわの髪をゆらゆらとさせているその光景は、確かに微笑ましいものであった。
「食べ終わったら本来の目的の場所に行くぞ?」
「はーい」
「はいなのです。ズズー、ふわぁ!! 冷たいやつも美味しいのですよ」
こってりとしたソースとマヨネーズで口がいっぱいになった所で、突然にやってくる濃厚な甘さ。
その悪魔のような組み合わせによる幸せには、スライムでも抗えなかったようだ。
そうして、予想外のトラップに時間を取られながらも、嬉しそうな美雪達を見て幸せな気分になった史記は、ペールと自分のシェイクの代金を払おうとする柚希の提案を拒否しながら、例の扉の前に立った。
財布の中から<Fランク冒険者>の免許書を取り出し、ゴクリと唾を飲んだ後に、読み取り用の機械へと当てる。
一瞬の後に赤く点灯していたライトが青色に変わった。
そして、目の前の扉が音もなく開き、大きめの階段が現れる。
「……うっし、行きますか」
気合を入れた史記が階段に足をかけ、ゆっくりと2階へと登っていく。
周囲の壁には、
『パーティの追加メンバー募集。求む前衛』
『私達と一緒にモンスターを解体しませんか? 時給850円。通勤手当あり』
『ツアーガイドが足りません。可愛くて強い人募集中です。月給25万円~』
『ダンジョン婚活ツアー。参加費、男性8000円、女性1000円。記念品プレゼント』
などと書かれた紙が一定間隔で貼られていた。
(へぇ。いろいろあるんだな。婚活までやってるのか……、ってか、参加費の男女差すごいな)
そんな広告達に目を奪われながら、ゆっくりと階段を登った史記を待ち受けていたのは、雑多な空間だった。
剣や銃、鈍器に弓などの武器と思われる物から、鎧やネックレスなどの装備品、魔石や何かの鱗、普通の石ころや枝にしか見えない物まで、様々な物がところ狭しと積み上げられていた。
ここでかくれんぼをしたら、3時間は隠れて居られそうな感じだった。
そんな空間の最奥には、1人の老婆が椅子に腰掛けていた。
全身を黒いローブで覆い、頭には三角形の黒い帽子を被っている。
私は魔女ですよと言わんばかりの見た目だった。
「いらっしゃい。ヒッヒッヒッ、これまたいたく若いお客さんだねぇ」
笑い方も魔女のような老婆が、怪しい杖をつきながら立ち上がった。