2-14話 勇者の極意
Fランク冒険者としての手続きを市役所で済ませた翌日の早朝。
まだ数人しか登校していない教室で自分の机と向かい合った史記は、昨日行われた授業のノートを必死に書き写していた。
原本となるノートの出処は、隣の席に座る勝である。
日頃の馬鹿な言動に反して、意外にもノートは綺麗に整えられており、登校時間も比較的早い。
もちろんその理由は、『ノートが綺麗なやつはモテるらしいし、ゆとりがある男ってかっこいいだろ?』である。
今現在も、ブラックコーヒーを飲んで優雅さを演出しているのだが、周囲の女子からは冷ややかな目で見られている。
「……ふぅ。ようやく終わった。悪いな、助かった」
「良いってことよ。それよりもだ。昨日はどうだったんだよ?」
さり気なく聞いてくる勝の言葉に、史記が眉をひそめた。
「ん? なんだ? 律姉から聞いてないのか?」
「あぁ、姉貴のやつ帰ってくるなり部屋に引きこもっちまって、出てこねーんだよ」
恐らくは、ダンジョン内で撮影した史記の写真を編集しているのだろう。
色々と思う所はあるものの、今の本題はそれではない。
「それで? テストはどうだったんだ?」
勝の問いかけに対して無言で頷いた史記は、財布の中に仕舞ってあった新しい免許証を勝へと手渡した。
「お? ってことは合格か!?」
驚きと共にカードを眺めた勝が、一瞬だけ嬉しそうな表情を見せる。
「いやー、助かったぜ。別に姉貴が無職になっても俺は困らねーんだけどさ。あんなんでも一応は姉だからな」
憎まれ口を叩く勝の顔は、その言葉とは裏腹に、安堵の表情に包まれていた。
素直に成れないお年頃ではあるが、昔から姉思いの良い弟だった。
「昨日は良い勉強になったよ。調合なんかもそうなんだけど、部長さんがめっちゃ強くてさ、目でも追えないくらいだったよ。良い目標が出来たって感じかな」
「へぇ~、そっか、そんなにスゲー人なんだ、姉貴の上司って」
「あぁ、……いろいろとな」
昨日の出来事を思い出した史記が、すーっと視線を外した。
史記の言う色々には、本当に色々な事が含まれているのだが、あの場に居なかった勝にわかるはずがない。
そんな史記の言葉を好印象の意味で受け取ったのか、嬉しそうに笑った勝が、<Fランク冒険者>の免許書を手の中で弄ぶ。
「で、これがFランクの証ねぇ……。俺には右上にFって文字が増えただけにしか見えないんだけど、これ、なんか意味あんのか?」
勝の言葉通り、今までの免許書と比較して変わった部分は、右上のFの文字だけで、それ意外はすべて同じだった。
だが、その効力は少なからずあがっている。
「律姉から聞いた話だと、個人企業としての扱いになるから、確定申告の時に提出できる必要経費の幅が増えるんだってさ」
「…………は?」
「いや、よくわかんねーんだけど、買い物したレシートを残しといたら、勝司弁護士が色々としてくれるんだってさ」
「……んん???」
律姉から聞いた説明を史記なりに要約して伝えてみたものの、勝にはうまく伝わらなかったようで、しきりに首を傾げていた。
そもそも、収入のない史記の経費の幅が増えたところで大きな意味はない。
どう考えても高校生の彼等に控除は早すぎた。知識の有無の以前に必要がないのだ。
「それと、律姉からたま~に依頼が来て、達成したらお金がもらえるらしいぞ」
「は? 依頼?」
「あぁ、なんか、『毛皮が欲しいから採ってきて』とか『ダンジョンを散歩したいから護衛してくれ』とか、そんな感じらしいよ?」
「へー。……なんかよくわかんねぇけど、面倒事を押し付けられるようになった、って感じじゃね?」
「……俺もそう思う」
律姉が持ち込む頼み事など、厄介事の気配しか感じない。
お金を稼ぎたくて冒険者を始めた訳ではないので、お金が貰えると聞いてもあまり興味を持てず、責任だけが増えるように思ってしまう。
「あ、けど、あれだ。律姉からの紹介で冒険者専門店には行けるようになったぞ?」
「おぉ!! それは普通に良いことじゃねぇか。冒険者専門とか、なに売ってるんだろうな?」
「さぁ? 普通に剣とか鎧じゃねぇ?」
漫画や小説を参考にした一言を受けて、勝のテンションが急激にあがっていく。
「異世界娘がドラゴンにひかれて人外転移した鎧か!!
可愛い子の中に包まれる!! めっちゃほしいっ!!!!!」
どうやら、そこにもスイッチがあったらしい。
本日も<恋愛勇者>は元気だった。
「……うん、そうだね、あるといいね。
まぁ、何にせよ。今日の放課後に行ってみようと思ってるから、そのうち感想聞かせてやるよ」
「あん? なんだよ。俺も連れてってくんねぇのか?」
「わるいな。今日は美雪と柚希も一緒だからさ」
「なんだよ。一緒に行ってもいいじゃねぇか」
身を乗り出して迫りくる勝の目を真っ直ぐ見返した史記が、犯罪者でも説得するかのように、優しく言葉を紡ぎ出す。
「……お前、あの2人に告白しないって誓えるか?」
「そんなん無理に決まってるだろ? なにバカなこと言ってんだよ」
「…………」
自分の心に正直に生きる、それが<恋愛勇者>の極意である。