2-12話 律姉を救え 4
(なぁ、律姉。このおっさん、セクハラとか大丈夫か?)
(普段は温厚で真面目な人だから、お姉ちゃんびっくりしちゃってるわ。けど、史記ちゃんの魅力に当てられちゃったのならあのくらいは仕方ないと思うわよ?)
(俺さぁ、県のダンジョン課がすげー不安で仕方ないんだけど。解任を訴えるなら知事の所かな?)
(え? なんで? すっごくいいところよ? 気の合う仲間も大勢居るし)
(律姉のお仲間が、大勢居るんだ…………)
「垣本くんに史記くん。2人でなにをコソコソと話をしているんだ。さっさとこっちに来なさい」
「「はい。ただいま」」
部長に続いて洞窟を奥へと進む。
分かれ道のような物はなく、ただまっすぐに洞窟が続いていた。
右も左も土だらけ。
そんな代わり映えのしない道を進む中、突然部長が足を止めた。
「史記くん。採掘の経験はあるかね?」
「……いえ、一度もありません」
これもテストの一環かと思ったが、嘘はつけなかった。
「そうか。これを見たまえ」
部長が指差した先にはひび割れた土の壁があり、そのひびの中に小さな青い石が埋まっていた。
宝石類のような輝きや透明感はなく、河原で見つけた青っぽい石にしか見えない。
「これは<調合石>と呼ばれる石だ。ダンジョンで採取できる草の効能をあげる物で、使いみちは色々とある。
私のツルハシを貸してやるから、採ってみろ」
「わかりました」
小さなツルハシを握り、部長の指示に従って、青い石の周囲をコンコンコン、と丁寧に叩いていく。
(俺の目には普通の石ころにしかみえないんだけどなぁ……)
そうボヤきながらも青い石を傷つけないように叩いて居ると、ちょうど石の周りを一周した時点で、<調合石>が壁から転げ落ちた。
指先で摘んで持ち上げみても、何の変哲もない普通の石にしか見えないが、部長に言わせると足元にある石達とは決定的に違うものらしい。
「それは戦闘が終わってから使うから、大事にしまっておけよ」
「っ!!」
戦闘と言う言葉に引っ張られて視線を洞窟の奥へと向ければ、凶暴そうなウサギが、のそのそと、こちらに向けて歩いていた。
大きさは膝下くらいで、目を真っ黒なサングラスが覆っている。
口から大きな牙が2本飛び出していて、頭の上には1本の花が咲いていた。
「あのウサギの頭にある花を採取してみろ。ウサギの方は倒しても倒さなくても良い。頭に生えた花がなくなれば、おとなしく帰って行くからな」
色々とツッコミどころ満載だが、とりあえずの目標はわかった。
「どんな方法でも良いから、あの花を採ってこればいいんですね?」
「そういうことだ。採取はこのナイフを使え。普通の武器じゃ採取は出来ないからな」
「わかりました」
一応、<採取のミニナイフ>も律姉に預けたバックの中に入っているのだが、どうみても部長から手渡された物の方が大きくて使い勝手が良さそうなので、素直に受け取っておいた。
ナイフと一緒に持つには邪魔だからと鉄パイプを律姉に預けて、ゆっくりとウサギに近づいて行く。
口元に見える牙は恐ろしいまでに鋭く、噛まれれば痛いでは済まない雰囲気ではあったが、淡路家のダンジョンで戦闘に慣れたせいか、そこまでの恐怖は感じなかった。
そうしてジリジリと近付く史記に対して、ウサギが一直線に走り出す。
(あんまり速くはないな。ウサギってジャンプ力がすごいんだったか?)
余裕を持って気楽に構えていれば、走り込んできたウサギが地面を蹴った。
走り込んだ勢いを殺すことなく自身の4倍ほどの高さまであがったウサギは、鋭い牙を持つ口を大きく開いて、史記の顔へと襲いかかる。
だが、その跳躍力も速度も、史記の想像を超えるものではない。
「ふっ!!」
半身にして横へと避け、過ぎ去って行く花に視線をあわせた。
くるりとその場でターンを決め、回転する勢いと共にナイフを振う。
スカートがふわりと舞い上がり、何故か急に石を拾い始めた部長を尻目に、茎を切られた花が宙を舞った。
(あのオッサンはもう、手遅れかも知れない……)
スカートを押さえながら後方へと目をやれば、前足で頭上の状態を確認するウサギがいた。
毛づくろいでもするかのように花が咲いていた場所をクシクシと撫でるものの、そこには細い茎しか残っていない。
程なくしてがっくりと肩を落としたウサギが、トボトボと洞窟の奥へ去っていった。
そんな哀愁漂う背中を見送った史記が、少しばかりの罪悪感を感じながら、お目当ての花をそっと拾い上げる。
小さな花は、見た目以上に重たく感じられた。