2-7話 普通のキャンプ 2
「ペルちゃん、もっかい行くよ?
ほーら、とってこいー」
「わんわんわん」
オレンジ色に染められた芝生の上で、美雪が真っ白なフリスビーを大空へと放り投げた。
そのフリスビー目掛けてペールが飛び出していく。
地面と平行に飛んだフリスビーは、陰りを見せ始めた夕日を浴びるように一度だけ高く舞い上がり、芝生の上へと滑るように落ちて行った。
そして、遅れるようにやって来たペールの白い手に握られ、フリスビーは再び美雪の元へと帰っていく。
「とってきたですよ」
「えらいぞー、さすがペルちゃん」
よしよしと声をかけながら、美雪がペールの頭をなでた。
「ほーら、とってこーい」
「わんわんわん」
そして、フリスビーが再び空へと舞い上がる。
眼鏡の美少女が、ロリ巨乳の美少女を犬のように扱う、そんな光景がキャンプ場の一角に広がっていた。
なぜこうなってしまったかと言えば、
「夕食までは時間があるですから、これで遊ぶのですよ。美雪様が投げてペールが取りに行くのです」
フリスビーを取り出したペールが、そんなことを言い出したからである。
美雪とペールならキャッチボールのスタイルで遊べば良いのではないかと思うのだが、それは従魔的にNGらしい。
「お犬様に出来て、ペールに出来ない道理は無いのですよ」
などと、良くわからない対抗意識を燃やしていた。
幸いなことに、史記達以外に利用客は居ないため、『まぁ、ペールがしたいってなら、いいんじゃないか?』ということになっていた。
嬉しそうに笑いながら、わんわんわんとフリスビーを追いかけ続ける。
犬のように空中キャッチなど出来るはずもないが、それでも彼女は楽しそうに走り続けた。
美雪が新しい道に目覚めないことを祈るばかりである。
そんなペール達から少し離れた場所では、史記が複雑な感情を押し殺しながら夕食の準備を勧めていた。
時折ペールの方を眺めては、『大丈夫だ、普通にフリスビーで遊んでいるだけだ。卑猥なことなどしていない』などと自分に言い聞かせながら、野菜を切り分けていく。
玉ねぎを輪切りにして串を刺し、じゃがいもに十字の切り込みを入れてバターと共にアルミホイルで包む。
ピーマンがあまり得意ではない美雪のために、縦に切ったピーマンにせっせとひき肉を詰め込んでいった。
そうして下ごしらえを進める史記のもとに、釣り竿と大きなバケツを握りしめた柚希が近づいてくる。
「待たせちゃってごめんね。これで大丈夫かな?」
差し出されたバケツの中には、4匹のニジマスが泳いでいた。
全然釣れないからと匙を投げたついでにペールを引き抜いて逃げ出した美雪とは対象的に、柚希は全員が食べられる量になるまで粘っていたらしい。
「サンキュー。……おぉ、結構いい型じゃないか」
「ちっちゃいのは食べちゃ駄目かなって。
それで? 私はなにを手伝えばいい?」
腕まくりをしながら史記の方へと笑顔を向ける美雪だったが、その申し出に対して史記が首を横に振った。
「いや、そんなに作業は残ってないからさ。美雪達を呼んできてくれるか?」
2人の目がツインテールの髪をなびかせて、わん、わん、わんと走る少女へと向かう。
「あー、うん。……ちょっと行ってくるね」
「おう。がんばれ」
美雪と柚希の間を行き交うフリスビーを追い掛けて、ペールがわんわんと声を上げるのは、それから少しだけあとのことである。
採れたて新鮮なニジマスの塩焼きを口いっぱいに頬張り、心行くまでバーベキューを堪能した彼等は、囲炉裏型のコンロを囲んで語り合い、芝生の上に寝転げて暗闇に広がる満天の星空を眺めているうちに夜も更けていった。
髪をかきあげながら、大きめの串に刺さったニジマスを頬張る女性達をボーっと眺めていた史記に対して、
「お兄ちゃん、目付きが嫌らしい」
などと注意される場面もあったが、それ以外は至って平穏なバーベキュー大会だった。
『ダンジョンで泊まるための予行演習なんだから、交代で周囲を見張る人を決めとくか?』
などといった話もあったのだが、
『ペールが居れば大丈夫なのですよ。ペールに睡眠は必要ないのです。寝ずの番は従魔の義務なのですよ』
ということなので、ペールに甘える形に落ち着いていた。
「お休み、お兄ちゃん。こっちのテントに来たら駄目なんだからね!!」
そんな言葉と共に美雪達が女性用に建てたテントの中へと消えて行き、少しばかりの寂しさを感じながら焚いていた火を消した。
そして、史記だけが別のテントの中へと入っていく。
ランタンの明かりを頼りに本日の寝床へと潜り込んでみれば、案外寝袋も悪くない。
少しばかり蒸れるような表面の質感さえ慣れれば、眠れないほどでは無かった。
時折遠くから狼の遠吠えが聞こえて来るが、ペールを信じて眠るのが今日の目標だ、と自分に言い聞かせて目を閉じる。
美雪達と一緒にいるときには何も感じなかった風の音でさえも、睡眠を邪魔するかのように強く吹き抜けている気がした。
そしてようやく、夢の世界へと旅立とうとした矢先、
「おじゃまします。……きちゃった」
頬を赤く染めた柚希が、テントの入口から顔を覗かせるのだった。