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2-6話 普通のキャンプ

 

 お泊まりグッズをそろえて迎えた土曜の日。


 朝露が残る木々を窓の向こうに眺めながら、ゆったりと走るバスの揺れを全身で感じていた史記は、今日の主役とでも言うべきペールの方へと視線を向けた。


 3人掛けの椅子に腰掛けたペールの隣には、みたらし団子を頬張る美雪と嬉しそうに窓の外を眺める柚希の姿があり、時折三人で談笑しては競い合うように笑い声を上げていた。


 ここに居るのは史記達4人とバスの運転手の5人だけ。


 意図せずした貸切状態だった。

 運転手には悪いと思うが、誰も彼女達の笑い声を止めるような存在はいない。


 そんな姦しさをどこか嬉しくも感じながら、バスは山道を登っていく。


「今週のダンジョンはお泊りがいい!! テント使う!!」


 美雪がそう発言したのは、お泊りセットを購入した帰り道のこと。

 自分好みのテントをワクワクしながら購入した彼女が、使ってみたいと言い出さない理由はなかった。


 だが、すぐお泊りというのは、さすがに都合が悪い。


 国外を問わず、興味のままに色々な場所を訪れている柚希は例外として、史記と美雪には、野外で一夜を過ごした経験などない。

 いきなりダンジョンで寝泊まりなど、出来るはずもなかった。


 話し合いが行われた結果、『まずはモンスターが出ない森で練習するですよ』そういうことになっていた。


 キャンプ場に片っ端から連絡を入れた結果、シーズンじゃないから場所だけの提供になるんですが、と注意されたものの、なんとかその日のうちに宿泊先が決定し、こうして土曜日の朝早くからバスに揺られているというわけだ。


「ふぁー、ついたー。……うにゅ? キャンプ場は?」


「残念ながら、ちょっとだけ歩くみたいだぞ?」


「うぇーー」


 最寄りのバス停からキャンプ場までは、徒歩で20分程度。

 体力のない美雪を引っ張るようにして木々に囲まれた道路を歩く。


 澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込めば、心まで洗われているようで、1台の車とすれ違うことのないままに<ふれあいの森 キャンプ場>と書かれた野原へとたどり着いた。


 隣接された大きな駐車場に車の姿はなく、そこに立っているコテージのような事務所にも人の姿は見えない。


 来週に控えた5月の大型連休中ならまだしも、肌寒さが残る今の時期に好き好んでテント泊をする者は少数派のようだ。


「使用料がクレジット払いだったのはこれが理由か……」


 従業員が誰もいないのだから、それも仕方がない。

 視線を再びキャンプ場へと向けた後に、肩で息をする最愛の妹へと声をかける。


「美雪、あそこまで行けば横になれるからがんばれ」


「は、はぁ、はぁ、……無理だよ、お兄ちゃん。……ユキの屍をこえてゆけー」


「なに馬鹿なこと言ってんだよ。お前がいない世界で俺が生きれると思ってんのか? ほら行くぞ」


 肩で大きく息をしているものの、心の方は余裕がありそうだ。


 目的地を目視出来た事により、若干の余裕が生まれた結果だろう。だからこそ、そのような冗談も出てくる。


「うぅぅー、坂道が辛い……」


 緩やかな坂道を登り、平らに均された芝生の上へと躍り出る。

 誰に遠慮することもなく、キャンプ場の中央を進み、どっしりと腰をおろした。


「ふぅ、やっとついたか……」


「つかれたよーーーー」


 短く刈り揃えられた芝の感触を背中に感じながら目を閉じる。


 風に揺れる木の葉の音や近くを流れる川のせせらぎ、遠くから小鳥のさえずりも聞こえてくる。


 そこにあるのは、ダンジョンの中の静かな森とは違う、人類が慣れ親しんだ森の姿。

 長時間のバス移動で疲れきった体から疲労が抜け出るような、安らぎの空間だった。 


「お疲れ様。だけど、そのまま寝ちゃったら風邪を引くと思うよ? 先にテントだけでも設置しちゃった方が良いんじゃないかな?」


「あー、それもそうだな。ペール、セット一式を出してくれるか? ここなら周囲も目もないだろうし」


「はいなのです」


 嬉しそうな瞳で頷いたペールは、両手を前方に突き出してから手のひらを下に向け、ゆっくりとその目を閉じた。


「出るですよ」


 そんな掛け声と共に指先を開いた彼女の手から、枕サイズに折りたたまれたテントが現れ、ポトンと芝生の上へと落ちる。


「……なんというか、すごい光景だよね」


「ペルちゃんすごい!!」


 収納した時以上に不思議な光景だった。

 テントに続いて、可愛らしい色のランタンやヘッドライト、バーベキュー用のコンロなどが次々とその手の中からにゅるんと飛び出し、芝生の上へと並べられていく。


 小さなナイフ程度であれば、手品の一種にも見えなくはないが、手のひらに収まりきらない物が次々と生み出されるその光景は、どう考えたって手品には無理だと思えた。


「ペールはマスターの従魔なのですから、このくらい朝飯前なのです」


「その言い方だと、私まですごい人みたいに聞こえちゃうんだけど……」


「ですです。マスターはすごい人なのですよ!!」


「ん~、なにはともあれ、運んでくれてありがとね」


「はいなのです」


 柚希に髪をなでられたペールがくすぐったそうに目を細めた。

 

 彼女の周囲に散乱する荷物は、高校生4人分の登山セット一式。

 バーベキュー用のコンロに加えて、大きな箱に詰められた炭の姿もある。


 もしこれらを自分たちの手で運んでいたらと思うと、正直な話、ここまでたどり着ける自信はない。


(俺もなでなですべきか??)


 一瞬だけ頭を過ぎったが、どう考えてもセクハラなのでやめておこう。


「うっし、それじゃ、テントの設営始めますか」


「「「はーい」」」


 普通の森で、普通のお泊まり会が始まった。


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