2-3話 心の叫び
「ぱふぱふさせてくれ!!!!」
健全なる少年少女が通う学び舎の食堂で、突然そんな言葉が叫ばれた。
その出処は『恋愛勇者』である。
周囲に居るクラスメイトや先輩方の目など気にもとめずに
「いやマジで、ちょっとだけでいいから!!」
と叫んだ勝が、真剣な表情で史記に詰め寄っていた。
その姿はどこかアイドルの握手会に来場した熱狂的なファンを彷彿とさせるものであり、目的のためならいくらでも払う!! といった決意がひしひしと伝わってきた。
もちろん、食堂内はドン引きである。
周囲にいるほとんどの人間が食事の手を止めて、ゴミを見るような視線を勝へと向けていた。
だが、そんな空間にあっても勝と同じくらい……いや、それ以上に盛り上がっている席もあった。
たまたまそこに居合わせただけの、新聞部を自称する女子2人組の席である。
「ふゅぇ!? 勝くんが史記くんに求愛!?
カメラ!! ……あれ? 私のカメラは!?」
「ちょっと落ち着きなさいよ。あんたのカメラは教室でしょ?
それよりも今は、勝君×史記君を脳内に収めとくわよ!!」
ゴソゴソと鞄をひっくり返す女子生徒に対し、その友人が史記と勝から一瞬たりとも目を離さないままに言葉を飛ばした。
だが、受けての女子生徒にとっては、予想外の返答だったようで、キョトンとした表情でカメラを探す手をとめた。
一瞬にして目付きを鋭くさせると、胸ぐらをつかまんばかりの勢いで、その友人のもとへと詰め寄る。
「何言ってんの? どう考えても史記くんが攻めでしょ!? 左側でしょ!! 史記君×勝君でしょ!!
一見弱気そうな史記くんが攻めだからいいんじゃない!!」
どうやら彼女達は、信じるものが違ったようだ。
信じる神や信念、宗教、肌の色、フェチズム。そんな些細な違いが人々を戦争へと誘う。
最早これまで!! 戦いは避けられぬ!!
そう感じた女子生徒だったが、友人の方は違ったようで、不敵な表情を浮かべてニヤリと笑ってみせたかと思うと、国宝級の札を繰り出した。
「残念でした。
あたし、師匠から教えてもらったんだけど、史記君ってオトコのコよ!!」
「xはおつあおjxkj:あ!!!!」
こぼれんばかりに目を大きく見開いた女子生徒は、心の奥底から湧き上がる感情をそのままに、悲鳴にも似た言葉にならない音を発する。
「ふふん、ことの重大さが分かったようね。
勝君×史記君(オトコのコver.)を心に焼きつけるわよ!!」
「うんうんうんうん!!!」
和解の成立。
言葉こそ、人に与えられた平和への道標であり、言葉を尽くすことで互いの心を認め合うことが出来る。
小さな違いは決して歩み寄れないものでは無いのだ。
両手でガッチリと握手をした2人の少女は、先程よりも熱い視線を史記と勝へ向ける。
そして、そのときを今か今かと待ち続けた。
だが、もちろん、彼女達が望む展開は訪れることはない。
勝がぱふぱふしたいのはペールである。
柚希の従魔であるスライムが人の姿になったと聞いた勝は「とうとう来たかっ!!!」と弾けんばかりの笑顔で立ち上がり、このような状況になったというわけだ。
そんな周囲の状況も見えなくなった勝に対して若干の怒りを覚えた史記は、
「お前ふざけるなよ?」
と凄みを利かせた声とともに、パンッとテーブルを叩き立ち上がる。
そして驚いた表情を浮かべる勝の肩に手をのせ、ぐっと力を込めた。
「おれだってな!! パフパフしたいんだよ!!」
勝に負けず劣らず、湧き上がる感情を言葉に乗せて叩きつけた。
そんな史記の様子にあの勝までもが絶句し『きゃー』という自称新聞部2人の黄色い悲鳴だけが食堂に響く。
周囲に居た誰しもが、史記に対して痛々しい目をむけていた。
それから5分後。
何事もなかったかのように平穏を取り戻した食堂内で、馬鹿なことを叫んだ男が机に突っ伏していた。
「……おれ、明日から学校これねぇ」
どうやら馬鹿な男は、激しく後悔しているらしい。
そんな彼の目元を見れば、うっすらと隈が出来ているのがわかる。
昨日の夜は髪の後ろに見え隠れする素肌が脳内をちらついて、なかなか寝付けなかったに違いない。
夢の中でも肌色にうなされていたのだろう。
「まぁいいじゃねぇか。気にしない、気にしない」
そんな史記とは対照的に、勝のほうはいつも通りの軽い感じだった。
この程度のことで落ち込んでいては、入学式当日に4人にフラれる事など出来るはずもない。
「大丈夫だって、みんな気にしてねぇよ」
そんな言葉とともに、うなだれる史記の肩に勝が手を乗せた。
たしかに、食堂内は普段通りの様子を取り戻しているように見える。
みんな自分たちの事で精一杯で、史記の失態など気にもしていないようだ。
(これなら、美雪に知られずに済むかもしれない)
格好良い兄を自称する彼としては、自分の失態が妹の耳に入る事だけが心配だった。
この場に居合わせたクラスメイト達など、所詮は有象無象の対象でしかない。
ほっ、と安堵の息を吐き出し史記は「そうだな、気にしないことにするよ」と言ってうなずき、すこしだけ冷めてしまったランチへと視線を戻した。
そんな史記に対して、我関せずとばかりに明日の授業の予習を進めていた鋼鉄が『やっと落ち着いたか』とでも言いたげな表情を向ける。
「史記、少しだけ良いか?
ダンジョンの事なんだが……」
そして残された昼食の時間を気にかけながらランチを頬張りながら、意識だけを鋼鉄の方へと向けた史記に対して『先の探索の改善案』が語られるのだった。