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52話 終着地点 3

 自分が後ろへ下がるスピードと大差無い速度で迫りくる白い翼を手に持った鉄パイプで右へと流して払い除ける。


 そこから更に3歩ほど後ろへと飛び退いた史記は、うねるように宙に舞う白い物体を見た。


 それは先程まで命の取り合いをしていた赤いスライムから伸びているようで、みるみるうちに翼としての原型はなくなり、白い棒状の塊へと変貌していく。


 倒れ込んだままその場から動かないスライムを中心に、2本の白くて長い棒が伸び、周囲にある木と大差無い長さでゆらゆらと揺れていた。


『2本の白い触手の生えたスライム』


 もはや翼だった頃の面影は皆無であり、そんな言葉が似合う光景だった。


『第2形態があるなんて聞いてねぇよ』などと一人愚痴る史記の横合いから、鋼鉄の声が飛ぶ。


「来るぞ」


 片方の触手が鋼鉄へと向かい、もう片方が史記へと向かう。


『カツン』という音が再び森の中に響き鋼鉄の表情が歪む、それと同時に『ブン』と言う風斬り音が聞こえた。

 

 触手の攻撃を避けた史記が返す手で鉄パイプを振るったものの、素早く空中へと身を引いた触手には当たらなかったようだ。


「っく!!」


 そして再び史記と鋼鉄に向けて触手が伸ばされ、一瞬にして空中へと戻る。


 スライムの攻撃は、飛んでいた頃よりは若干遅いものの、2箇所に攻撃されるようになったのは痛手だった。


 史記も鋼鉄も、自分の方へと攻めてくる触手の対応に精一杯で、互いをフォローすることなど出来そうも無い。


「っち!!」


 打開策を見いだせないまま、触手の一方的な攻撃に鋼鉄の表情が歪み、『くっそ!!』と焦る史記の声だけが周囲に響く。


 鋼鉄はずっとその盾で受け続けており、史記も避け続けているため、致命的な攻撃は受けていないものの、史記の体力は徐々に陰りを見せ始めており、足の状態のせいで鋼鉄の方も長くは持ちそうにない。


 どう考えてもジリ貧だった。


 そんな状況を打破しようと、柚希が必死にその頭に情報を巡らせるものの、実行できそうな答えは出ない。


 柚希と美雪に攻撃手段は無く、ペールは普通のスライムにも難儀していたのだ。

 誰かが助けに出ていったとしても、邪魔にしかならないだろう。


 しかし、だからと言ってこのまま見ていることが最適とは言えない。


 一縷の望みをかけて、全員で鋼鉄を抱えて逃げるべきか。

 敵が地面から動かない今であれば逃げれるのでは無いか。

 触手が届く範囲をこえれば逃げ切れるのではないか。


 そんな考えも頭を過るが確証は無い、分の悪い賭けである。


「美雪ちゃん。あのスライムについての情報は?」


 などと、訪ねて見ても、


「スライムの特殊形態。個体によって能力が違う。わかるのはそれだけ……」


「そっか」 


 しょんぼりとした表情で言葉が返ってくるだけだった。


 そうして少女達が必死に打開策を模索する中、白い触手が史記の肩に触れ『うぐっ』と言う声が届く。


「お兄ちゃん!!」「史記くん!!」


 慌てて叫ぶ2人だったが、走り出そうとしたその足を史記が手を上げで遮った。


「大丈夫。ちょっとカスッただけだから」


 そういって無理やり笑顔を見せた。


 どうやら史記の体力は限界が近いようだ。


『どうしよう、やっぱり全員で……』などと柚希が再び思案に入り、美雪と繋いでいる手をぎゅっと握りしめようとした……その瞬間、シュッとその手が引き抜かれた。


「え?」

 

 驚きの声を上げる柚希を尻目に、美雪が流れるように走り出す。


「お母さん、お父さん。ユキに力を貸して!!!」


 そんな叫び声を上げながら、美雪が後ろを振り返る事無く、岩の階段を登り始めた。


「美雪ちゃん!!!」


 背後から柚希の叫び声が聞こえるものの、彼女の足が止まることはない。

 そして、階段を登りきると同時に、祭壇に祀られていた分厚い本をその手で握った。


 ――その瞬間。


 本からは緑色の光が溢れ出し、美雪の髪が逆立つように靡いた。

 それはあたかも魔法のようで、美雪の背中を追いかけようとしていた柚希の足を一瞬にして止めていた。


 だが、そんなことは些細な変化とばかりに、両手でギュッと本を抱え込んだ美雪は、いま来た階段を飛ぶように駆け下りる。


 史記と鋼鉄に猛威を振るっている丸い塊に視線を固定して、走り続けた。


「何を!?」


 呆気にとられる周囲を尻目に、スライム本体の前へと躍り出た美雪は、抱えていた本を頭の上へと掲げる。


「やぁあーーーーー!!!」


 そんな叫び声と共にお辞儀をするように上半身を折り曲げた美雪は、その勢いをすべて本に載せ、スライムの赤いボディに叩きつけた。


 薪割りのような軌道を描いた魔法の本は、その勢いを殺すことなく赤いスライムに触れ、弾かれる事無くその体へとのめり込む。


 日本語では無い言語で書かれた背表紙が、スライムへと突き刺さった。


「「…………」」


 呆気にとられる男2人をしり目に、スライムから伸びていた触手はその勢いを失い、地面へと落ちる。


 赤いボディまでもが、ベターっと地面に伸びていく。


 それは、草原やここに来るまでの道中で出会ったスライム達の最後と同じ姿。


『はぁ、はぁ、……』と肩で大きく息をする美雪の前に居るスライムは、その後、二度と動き出すことはなかった。


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