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51話 終着地点 2

 何者かが空を翔ける不吉な音が史記の脳内へと届き、引きずられるように右を向いた史記は、自分目掛けて飛来する赤い塊を視界に収めた。 


 丸いプルプルボディに真っ白い翼。


 今まで出会ってきたスライムを赤くして、背中に天使の翼を取り付けた、そんな姿の生物が空を飛んでいた。


「っく!!!」


 とっさの判断で鉄パイプを正面に構えようとするものの、予想以上に敵の位置が近く、防御は間に合いそうもない。


『やばい、どうしたら良い?』などと頭だけが高速で回転し、肝心の体は思うように動いてくれなかった。


 だが、そんな状態になりながらも後ろをチラリと流し見た史記は、『美雪や柚希の方に行かせるわけには行かないな』とその瞳に決意を宿す。


 腹筋にぐっと力を込めた史記に向かって、速度を増しながら赤いスライムが迫る。

 そして、『痛みに耐えろ』と全身に言い聞かせた、その瞬間――


「……っ」


 ――史記の視界を鋼鉄の広い背中が占領した。


『バツン』という鈍い音が周囲に響き、鋼鉄の背中が少しだけ揺れる。


「異常事態だ!! 撤退する!!」


 そう宣言する鋼鉄だったが、誰しもが突然の事態に驚くばかりで、とっさに動き出すことはかなわない。

 そして、呆けている間にも、一度舞い上がって距離をとったスライムが、『防がれた恨み』とばかりに鋼鉄に向けて飛来した。


『カコン』と言う音と共に、翼の生えたスライムが鋼鉄の盾へと衝突し、再び空へと舞い上がる。


「史記っ!! 今来た道を戻れ!! 應戸は――」


「史記君!! 鋼鉄君の横に!!

 なるべく攻撃の対象を散らして!!」


 敵に鋭い視線を向けながら叫び声を上げた鋼鉄の声を遮り、柚希が力強く指示を飛ばす。


「なっ!!」


 柚希の指示に驚く鋼鉄を尻目に、やっと正気を取り戻した史記が、柚希の指示に従って鋼鉄の隣へと移動し、赤いスライムを正面から見据えた。

 そして、視線を移すことなく、後方へと声をかける。


「2人は少しだけ後ろへ。

 美雪、柚希の護衛を頼んだぞ?」


「うん、ユキにお任せあれだよ」


 そんな言葉とともに、女性2人が岩の影へと移動する物音を背中で感じた史記は、呆気にとられる鋼鉄へと言葉を投げかける。


「無理して逃げて、足の怪我が悪化したらどうするんだよ。

 むしろ、その足で逃げれんのか?」


 軽い口調で語られる史記の言葉に、鋼鉄の表情が一瞬にして険しさを増した。


「……顔に出ていたか?」


 そして出てきたのは肯定の言葉。

 どうやら、史記を庇って攻撃を受けたときに足を痛めていたようだ。


 そんな鋼鉄に対し、なんてことはないとばかりに史記が笑ってみせる。


「ばーか。何年の付き合いだと思ってんだよ。

 それで? 足の痛みはどの程度だ?」


「…………問題ない」


「了解。……勝てそうか? 作戦は?」


「……敵の攻撃は直線的だ。横にズレれば避けられる」


「あいよ」 


 柚希を守るように彼女の側を離れない妹の姿を横目で確認した史記は、弾かれるように鋼鉄の側を離れ、空飛ぶスライムの注意を引くように走り出した。


 攻撃手段の無い美雪達の方へは行かせないように、手を叩きながら走り続ける。


 そんな史記の行動が功を奏してか、空飛ぶスライムが史記の方向へと羽ばたいて行った。


『うっし、やりますか』


 そう気合の言葉を口にした史記は、地面すれすれを水平に飛んでくるスライムに意識を集中させる。

 その飛行は、ただまっすぐに飛んでいるように見え、鋼鉄の言葉通り直線的な動きだった。


 羽を後方に伸ばしながら自分の腹目掛けて飛んでくるスライムをギリギリまで引き寄せ、地面を蹴りるようにして横へと跳ねる。

 直前まで史記が居た空間をスピードを落とす事なくスライムが通り過ぎ、遥か後方にまで飛んで行いった。


「……ふぅ」


 そんなスライムの姿を横目で追いかけた史記は、日常生活では決して体感できない感情に心臓を速めながら、額に浮かんだ汗を拭った。


 飛び込んできたスライムが放つ風が史記の肌に感触として残り、そのときの風切り音が彼の耳から離れない。


 だが、自分の中に芽生えた恐怖心以外はすべて予定通りである。


 敵の動きは鋼鉄の言葉通り直線的であり、そのスピードも見えない程ではない。


『行ける!!』


 そう確信した史記は、旋回して戻ってくる翼の生えたスライムに対して、鉄パイプをまっすぐに前方へと構えた。


 先程避けたときと同じタイミングで体を横に向け、先程よりも少ない距離を跳躍し、すれ違いざまに鉄パイプを振う。


「っち!!」


 だが、史記の健闘も虚しく、スライムが通り過ぎたあとの何もない空間を切り裂いただけだった。


 攻撃を避けることは出来るものの、その素早い体を取られることは叶わない。その後、2回、3回と同じことを繰り返した史記だったが、結局鉄パイプがスライムに当たることはなかった。


『どうするべきか』そう悩む史記の視界に、ガッチリと盾を構える親友の姿が映り込む。


 彼の口が『任せろ』と動いたように見えた。


 そんな光景を前に、一瞬だけ悩んだ表情を浮かべた史記だったが、しっかりと頷き返すと、赤いスライムの注意を集めたまま、鋼鉄の元へと走り出す。


 そして、背後から迫りくるスライムをギリギリまで追走させ、倒れ込むように避けてみせた。


 そんな史記の背中の上を通り過ぎたスライムは、目の前に迫っていた鋼鉄が持つ大盾に直撃し『カコン』と言う音を響かせる。


 その音を地面すれすれで聞いた史記は、攻撃の衝撃で顔を歪ませているであろう親友の姿を大盾の向こうに想像しながら、渾身の力で鉄パイプを振るい上げる。


「はぁぁ!!!!」


 そして、その切先が鋼鉄の盾によって止められたスライムにぶつかり、確かな手応えとともに空高く打ち上げた。


 中央にある大きな岩よりも高く打ち上がったスライムは、ただまっすぐに飛んでいき、翼を動かすこともなく重力に従って地面へと落下した。そして、むき出しの地面でポテン、ポテンと数回跳ねた後に、地面へと潰れる。


 そんなスライムに対し、『とどめだ!!』とばかりに、史記が鉄パイプを振り下ろした。


「…………」


 両腕に伝わった確かな手応えを感じながら満足そうに頷いた史記は、少しだけほっとした空気を漂わせて額の汗を拭う。

 

 そんな史記に向けて、悲鳴のような美雪の声が飛んだ。


「お兄ちゃんっ!!!」

「史記君、避けて!!!」


 続けて届く柚希の声に、慌てたバックステップを踏んだ史記は、自分に向けて伸びてくる羽を見た。


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