50話 終着地点
まっすぐに伸びる道を森の奥へと進んだ史記達は、突然行く先の視界が大きく開けたことに驚き、その足を止めた。
ずっと道の両脇に等間隔で並んでいた木々が左右へと別れ、それより先には草すら生えていない空間が広がっている。
地面は「踏み固められた土」と「小さな石」だけであり、さながら生命を寄り付かせない空間であるかのような雰囲気だった。
「「「…………」」」
誰しもが予想しなかった事態を前に、険しい表情を浮かべながら言葉を失う。
風に揺れる木の葉の音だけがあたりを占領し、普段は自由奔放な美雪でさえも、兄の袖をギュッと握りながら静かに周囲を見回していた。
そんな中、全員の思いを代表するかのように、史記がその口を開く。
「あの階段を登るのか?」
「「…………」」
史記達の視線の先には、切り立った岩が鎮座していた。
大きさは平屋建ての一軒家くらいで、その表面には無数の幾何学模様が深く彫られている。そして、史記達が歩いてきた道をまっすぐ誘導するかのように、中央部分が階段状に削られていた。
もしこのまま道なりに進むのならば、その怪しい雰囲気を醸し出す岩を登ることになるようだ。
「「…………」」
その階段をのぼった先へと視線をずらせば、しめ縄が走った木が待ち構えていた。
ダンジョン1階へ降りるときに使う階段がある場所によく似た空間である。
ただし、そこに階段はなかった。
階段のあった場所には、手の込んだ装飾が施された台座があり、その上に分厚い本が一冊置かれている。
目を凝らしてじーっと見つめても、距離が遠いためにハッキリしたことは分からないが、どうやら日本語で書かれた本ではなさそうだ。
どう見ても只事ではないその雰囲気に、どこかしらの威圧感を感じた史記は、問題を棚上げして岩と木々の間の空間を指差す。
「とりあえず、中央の岩に注意しながら、周囲の状況を把握しないか?」
そんな問いかけに、全員が無言で頷いた。
怪しい雰囲気を感じるため近づきたくは無い。だが、だからといってこのまま帰るのもどことなく気が引ける。
そんなせめぎ合いの中で出した答えだった。
だが、結論から言ってしまえば、岩の周囲には何もなかった。
岩の真後ろまで回り込んで見たものの、その先に道が続いていたなどと言うことはなく、入ってきた場所以外はすべて木々が取り囲んでいた。
どうやら、史記達が歩いてきた道は、この岩が最終地点だったようだ。
これで残された選択肢は、中央の階段をのぼるか、のぼらず帰るか、その2択に絞られた。
「……美雪、鑑定の眼鏡は何か教えてくれたか?」
「んーとね。『魔術師の祭壇』なんだって。教えてくれたのはそれだけ。
本は遠くて見えないの」
「魔術師、ねぇ……」
どうやら場所の名前さえも怪しいもののようだ。
そんな美雪から聞いた鑑定の眼鏡からの情報に、一瞬だけ渋い顔をした史記だったが、次の瞬間には、『本』と『魔導師』と言う言葉が彼の脳内で結びつく。
「……魔導書」
そう小さく呟いた史記は、それまでの表情を一変させ、キラキラとした瞳を岩の頂上へと向けた。
「様子見だけでもしてみないか? いえ、様子見させてください」
そして、悩ましげな表情を浮かべる柚希達に対し、深々と頭を下げたのだった。
どうやらこの男、未だにかっこいい魔法を諦めていなかったようだ。
だが、それも仕方がない。いくら妹に『お兄ちゃんはもう高校生なんだよ』と言われようとも、かっこいいものに対する憧れは捨てきれるものではない。
そんな史記のあからさまな態度に『ほんと、お兄ちゃんってばお兄ちゃんなんだから……』と呆れた表情を浮かべた美雪だったが、『でも、このまま帰るのはイヤだよね』と、兄の言葉に一応の理解を示した。
そして、柚希と鋼鉄も苦笑を浮かべながら頷きあう。
「行ってみてもいいと思うよ?」
「そうだな。注意を怠らなければ良い」
なんやかんやと言いながら、全員がその奇妙な光景に釘付けだった。
何があるのかわからない。もしかしたら素敵な物があるかもしれない。そんな光景を見てしまった以上、その好奇心を押さえ込むなど、なかなか出来るものではなかった。
「うっし、それじゃ行きますか」
全員の賛同のもと、一塊となった史記達がゆっくりとその岩へと近づいて行く。
そして、雨風に晒されたように黒ずんだ彫り物が、全員の視線を奪っていった。
誰もが頭を傾げる中にあって柚希だけが『アラビア語? ん~、ヘブライ語かな?』などと呟くものの、結局はその言語を解読することはできそうもない。
そもそも、史記や美雪には、言語どころか、蛇があるきまわっているようにしか見えないような彫刻である。
そんな文字達を美雪に鑑定するように頼んだものの『んー、だめ。何にも言ってくれない』としか返って来なかった。
どうやら『鑑定の眼鏡』も万能では無いらしい。
柚希の知識になく、鑑定の眼鏡でも不可であれば、史記達に残された手段は何一つ存在しない。
それならばと、文字についてはすっぱりと諦めた彼等は、シミひとつ無い灰色の階段へと視線を向けた。
「俺から行こう」
鋼鉄の掛け声に、全員が頷きを持って肯定する。
そして、足元を確かめるように、鋼鉄が階段へと足を伸ばした。
――その瞬間。
『きゅぃー!!』と鳴くペールの声と、『史記!!』と叫ぶ鋼鉄の声が混じり合った。